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2018.8.17 Posted

1st ONEMAN TOUR 「嗚呼美しき僕らの日々」ツアーグッズ 通販受付について

Shout it Out 1st ONEMAN TOUR 「嗚呼美しき僕らの日々」のツアーグッズの通販に関するご要望を多数いただいたことから、8月末日までの期間限定で受付させていただきます。 ご注文フォーム※ご注文前に、下記の注意事項を必ずご確認ください ◆送料850円(税込 / 全国一律 / 日本国内の発送のみ)※ラバーバンドのみのご購入の場合、4個までは送料200円で発送させていただきます(5個以上の場合は送料850円です) ◆お支払い方法事前銀行振込のみ※振込手数料はお客様のご負担となります。 ◆受付期間2018年8月16日(金) 正午 ~ 8月31日(金) 23:59 ワンマンツアーTシャツかバンドロゴTシャツ、もしくは合計3,000円以上(送料別)のグッズをご購入いただいた方には、「ショッパー(ワンマンツアーデザイン)」をプレゼント(※数に限りがございます。また、折り曲げて発送させていただきますことを、あらかじめご了承ください。)  合計10,000円以上のグッズ(送料別)をご購入の先着10名様限定で「非売品ネックストラップ」をプレゼント→プレゼント対象の定数に達しました。  【注意事項】ご注文前に必ずご確認ください!! ※ご注文完了後、当社より振込口座を明記したメールを1週間以内にお送りします。 ※【shout.blue.label@gmail.com】からご連絡させていただくので、それらのアドレスからのメールが届くよう、お申し込み前にお客様側の受信設定の確認をお願いいたします。尚、メールが届かない等のトラブルに関しては一切の責任を負いかねます。 ※ご注文完了から1週間が経過しても振込口座に関するメールが届かない場合は、恐れ入りますが上記アドレスか下記連絡先までお問い合わせください。BLUE LABEL / 03-6804-1088(平日のみ 12:00〜18:00) ※大半の商品が在庫わずかであることから、完売の場合は振込先のご連絡の際に、その旨をご案内させていただきます。 ※ご注文完了後の不良品以外のキャンセル・返品のご要望には一切お応えできません。あらかじめご了承ください。 ************************* (2018年8月22日 AM11:00更新) ■ワンマンツアーTシャツホワイト / Mサイズロイヤルブルー / Mサイズプリント / 胸:バンドロゴ、背中:ツアー公演概要価格 2,500円   ************************* ■サコッシュカラー / ブラック、ナチュラル価格 1,500円
※ナチュラルは完全受注販売です。8月末日に注文を締め切った後の発注となるため、お届けは9月下旬頃を予定しております。他の商品もご注文いただく場合は、サコッシュ(ナチュラル)と合わせて発送させていただきますことを、あらかじめご了承ください。     ************************* [ 特別セット価格 ]■ワンマンツアーTシャツ(ホワイト or ロイヤルブルー) & サコッシュ(ブラック)価格 3,500円※特別セットのサコッシュのカラーはブラック限定です。ナチュラルは単品販売のみとなっております。  ************************* [ 完全受注販売 ]■バンドロゴTシャツ価格 2,500円カラー / ペッパーサイズ(プリント色) / Mサイズ(ホワイト)、Lサイズ(レッド)、XLサイズ(ブラック)プリント / 胸:バンドロゴ、背中:無し [50回のウォッシュ加工によるソフトな質感と、独特な色合いの生地です]※8月末日に注文を締め切った後の発注となるため、お届けは9月下旬頃を予定しております(他の商品もご注文いただく場合は、バンドロゴTシャツと合わせて発送させていただきます。あらかじめご了承ください。)     ************************* [ 特別セット価格 ]■ポップ・ロゴTシャツ & ラバーバンドブラック / Mサイズ、山内サイズオレンジ / Mサイズ、山内サイズ価格 2,500円  ************************* ■ラバーバンド価格 各500円※ラバーバンドのみのご購入の場合、4個までは送料200円で発送させていただきます(5個以上の場合は送料850円です)  [ Shout it Out / 僕らの春は、まだ青い ]
 [ シャウト・イット・アウト / シャウト /シャリラ ]
 [ Shout it Out / ツアータイトル・公演日・会場名 ]※各公演限定デザイン [ 特別セット価格 ]■公演限定デザイン全種(10個)セット価格 4,500円※20セット限定販売    大阪・堺デザイン [ Shout it Out / OSAKA SAKAI ]マーブルデザイン [ 両面 / Shout it Out ] ■チャリティー・ラバーバンド価格 500円※売り上げの全額を、東北および広島へ寄付させていただきます。※寄付先については追ってご報告させていただきます。チャリティー・ラバーバンドの販売について [ 両面 / Shout it Out ] *************************  ■ステッカー価格 各300円  ************************* ■ライブポスター(B2サイズ)価格 1,000円 (送料込み)※ライブポスターは他商品と同梱することができないため、専用の梱包にて別送させていただきます。※ポスターを2枚以上ご購入いただく場合は同梱可能であることから、2枚目からは1枚あたり500円とさせていただきます。  

2018.8.12 Posted

Shout it Out 1st ONEMAN TOUR 「嗚呼美しき僕らの日々」 オフィシャルライブレポート

Shout it Out 1st ONEMAN TOUR「嗚呼美しき僕らの日々」 2018.8.10 ツアーファイナル・東京公演
duo MUSIC EXCHANGE ---------------  2018年7月に約1年4ヶ月ぶりの新作『また今夜も眠れない僕らは』をリリースしたShout it Out。彼らが同作を引っ提げて初ワンマンツアー「嗚呼美しき僕らの日々」を回り、そのファイナルが8月10日、渋谷・duo MUSIC EXCHANGEにて行われた。6月に解散を発表した彼らにとって、これがラストライブとなる。  この前日に開催された追加公演でありセミファイナルのマイナビBLITZ赤坂公演とセットリストはほぼ同じ。本編ラストの楽曲とアンコールの楽曲が入れ替わっただけだった。だがそれでも、BLITZとduoはまったく違うライブだった。それはそうだ。この日をもってShout it Outという生き物は呼吸を止めるのだ。観客は最後の勇姿を目に焼き付けようと必死で、場内が暗転した瞬間、すし詰めのフロアに人の波が大きく揺らめいた。その光景は観客一人ひとりの心に宿る感情の揺らぎを投影しているようでもあった。   4人が音を出すと、観客が天井を突き上げるように拳を高く掲げる。ギターボーカルの山内彰馬がぶっきらぼうに「よろしく」と呼びかけると「道を行け」で最終話の幕を開けた。ステージ上のメンバーの衣装には、それぞれ違う場所に赤い星があしらわれている。セミファイナルでは大きな会場で音を鳴らすことを目いっぱい楽しむメンバーの姿があったが、この日はセミファイナルとは比べ物にならない集中力と緊張感があった。同時にミスも目立つ。間違いなく平常心ではなかった。   「今年はたまたま平成最後の夏ということで、神様も粋なことをするなと思いました。楽しんでいきましょう」と山内。セミファイナルが感傷を突っぱねるライブなら、このファイナルは感傷も全部飲み込んでパワーにするようだ。アマチュア時代の楽曲「青」から最新作に収録されている「髪を切って」と、新旧織り交ぜたセクション。細川千弘の叩くドラムは山内の歌を焚きつけたり、包み込んだり、時に突き抜けたりと、デッドヒートを繰り広げる。メンバーふたりによるこの一騎打ち感もShout it Outの特徴のひとつだが、この日のそれはこれまで観てきたなかで最も威力が強く、しなやかだ。     それはサポートメンバーの存在も影響しているだろう。鈴木陸生(ex.赤色のグリッター)は細やかなプレイが光るギタリストで、谷川将太朗(Rocket of the Bulldogs)は爆発力を持ちつつ一音一音を大事に鳴らすベーシスト。なにより両者ともに山内と細川の“友達”だ。鈴木も谷川も、メンバーとは違う観点でこのラストをとても大事にしていることが、立ち姿からも音色からも伝わってくる。このサウンドスケープは、地盤に4人の強固な信頼関係があってこそ成り立つのだ。    細川はツアーで感じた喜びを語ると、ステージにいるメンバーが全員友達であると話す。彼は「彰馬は遅刻するし、チューニングしないし、全然曲書かないし、運転も搬出搬入もなんもしないし……なんもしないやつだから大っ嫌いなんです。だけど俺はこいつと友達で良かった。こいつとバンドやってるメンバーは俺しかいないから、俺は(このバンドのメンバーであることを)すげえ誇りに思ってます。こいつとバンドできて良かったなと思います」と笑顔で語り、「僕らは最高のツアーを回れています。そして今日がファイナルです。ビシッときめて帰ります」と堂々と宣言する。  山内は細川のその言葉に、特にリアクションは示さなかった。観客にも背を向けていたため、彼がどんな表情をしていたかもわからない。「2年前に去った友達に宛てた歌を、2年前とはまったく違う気持ちで歌います」と言い披露した「これからのこと」も、いまどんな気持ちで歌っているのかを口にすることはなかった。彼の気持ちは推測の域を出ないが、リスナーへのメッセージでもあり、細川のMCに対する返事なのではないかと思っている。アウトロの鈴木のシューゲイザー的なギターがポジティブな感傷性に色を付け、よりエモーショナルに響かせた。山内のエレキ弾き語りからバンドが音を重ねていくブルージーな「ギターと月と缶コーヒー」は、景色が大きくなるにつれて美しさを増していく。山内の孤独から産声を上げたShout it Outの音楽は、いまこうして信頼するバンドマンの友人たちと鳴らされ、その様子を700人の観客がまっすぐ見つめている――このバンドが最後の最後で最も美しい夜に辿り着いた象徴的なシーンだった。     山内がギターをかき鳴らしながら自分自身もこの世の人間も孤独であるという旨を語り、「また今夜も僕らの真上には眠れない夜が訪れる。俺は夜を切り裂く力も持っていなければ、闇を切り裂く魔法も知らないが、“ひとり”がこれだけ集まれば大丈夫や。またここで朝を待とう」と言い「また今夜も眠れない僕らは」、「アフタースクール」と立て続けに演奏。「そのまま」では山内と谷川がふざけて鈴木の尻を蹴るという微笑ましいシーンもあり、その時の4人はひたすらに、ただただ楽しそうだった。彼らの高揚に触発されたフロアからはダイバーも多数現れる。その光景は山内が喉を嗄らして歌うほどに熱狂的だった。       本編ラストの「青春のすべて」は間奏後に山内がギターを置き、ハンドマイクでフロアに乗り出しながら歌い出す。この曲の決め台詞と言ってもいい「僕らの春はまだ青い」というラインはファンに歌わせることも多かったが、この日は彼が絶唱。歌い切った彼は最後にフロアへ飛び込んだ。   アンコールでは山内が「これが最後の“とどめ”や」と不敵な笑みを浮かべ、このバンドが最後に生んだ「鳴り止まない」をかつてないほどの剛速球で投げつけた。山内は「さらば美しき僕らの日々」と言い残し、ひとりで先にステージを去る。あとの3人は身体にあるエネルギーを絞り尽くすように音を鳴らしきり、細川は笑顔でピースサインを掲げてステージを後にした。  空っぽのステージに、くるりの「ロックンロール」が響き渡る。フロアからアンコールを求める歓声は鳴り止まない。音楽が鳴り止むと同時に、観客から「鳴り止まない」の大合唱が起こった。だが彼らがステージに戻ってくることはなかった。最後なんだからちゃんとお客さんに言葉で感謝のひとつくらい伝えなさいよ、おまけに最後まで涙を見せずに笑顔で去るなんてかっこつけて大人ぶっちゃってさ。Shout it Outは最後まで“大人になれない”少年たちだった。  そのあともフロアには「鳴り止まない」を熱唱しつづける人、憔悴する人、さめざめと涙を流す人、抱き合いながら号泣する人、粛々と会場を後にする人、様々な姿があった。その間をかきわけて出口へ向かいながら、観客一人ひとりにShout it Outとの物語があること、そしてそのすべてが今日ひとつの最終話を迎えたことを痛いほどに肌で感じた。  最後の最後でふたりは信頼する人々の手を借りながら、Shout it Out史上見たことがないほど、最も美しい状態までバンドを磨き上げた。これだけのものを成し遂げたバンドを終わらせたことを、ふたりはいつか痛烈に後悔すればいい。痛みを乗り越えた先に、新しい世界は待っている。  文 / 沖 さやこ 撮影 / 知衿

2018.8.7 Posted

「嗚呼美しき僕らの日々」Thanks Photo (Photo by 知衿 / はな / 佐藤広理)

‪2018.7.23 岡山公演‬
‪CRAZYMAMA 2ndRoom‬Photo by 知衿    2018.7.25 福岡公演‬
‪福岡grafPhoto by 知衿   2017.7.27 大阪公演梅田 CLUB QUATTROPhoto by 知衿    2018.7.30 高松公演‬
‪TOONICEPhoto by 知衿   2018.8.2 名古屋公演‬
‪APOLOO BASEPhoto by 知衿       2018.8.4 松本公演‬
‪松本ALECXPhoto by 知衿   2018.8.6 札幌公演‬
‪COLONY
Photo by はな   2018.8.7 仙台公演‬
‪enn 2nd
Photo by 知衿   2018.8.9 セミファイナル追加公演‬
‪マイナビBLITZ赤坂Photo by 佐藤広理  

2018.7.25 Posted

福岡公演のグッズ販売に関するお詫び

本日、ワンマンツアーTシャツとバンドロゴTシャツが会場に到着しないという配送トラブルが生じ、酷暑の中でグッズ先行販売にお並びいただいた方、そして購入を予定していただいていた方には、大変なご迷惑とご不快の念をお掛けしましたことを、深くお詫び申し上げます。 発送対応でご購入いただいたお客様へは、来週のなるべく早いタイミングで東京から発送させていただく予定です。 大阪公演以降にこのような事態が起こらないよう、充分に留意いたします。この度は申し訳ございませんでした。

2018.7.22 Posted

チャリティー・ラバーバンドの販売について

Shout it Out 1st ONEMAN TOUR 「嗚呼美しき僕らの日々」にて、チャリティー・ラバーバンド(500円)を販売させていただきます。  チャリティー・ラバーバンドを販売するに至ったきっかけは、6月9日(土)~10日(日)に福島と大船渡で、Shout it Outと岩手県大船渡市など東北を拠点に活動しているバンドが集って開催した、「KESEN ROCK FESTIVAL 2018」をフィーチャーしたサポートイベント『KESEN ROCK FESTIVAL 2018 support event「遥か」』への出演です。 大きなプロジェクトを動かすことはまだ難しいけれど、若手バンドなりの復興や未来に対する思いを表現し、確かめ合うことを目的として、KESEN ROCK FREAKSの千葉さんと福島アウトラインの阿部さんにバックアップいただいたのが「遥か」というイベントでした。 山内が福島ライブでのMCで「Shout it Outがライブをやって、それを理由にみんなを(福島県や大船渡に)連れて来たかった。」と話したことに対し、千葉さんと阿部さんから、「一人でも多くの人に今の東北や、KESEN ROCK FESTIVALを知ってもらうことに意味がある」という言葉を掛けていただいたことで、微力ながらもShout it Outの音楽を聴いてくださっている方々と一緒に出来ることがあるのではないかと、イベント後に話し合いを重ねました。 そして、せっかくワンマンツアーで多くの方にご来場いただけるのならば、「Shout it Outのライブに来てグッズを買ったら、誰かの力になれた!」という機会にもしていただければとの想いから、チャリティー・ラバーバンドを販売させていただく運びとなりました。 尚、売り上げの全額を、東北と先日の豪雨災害に遭われた広島に寄付させていただきます。それぞれの寄付先の詳細については、後日あらためてお知らせさせていただきます。 我々が『KESEN ROCK FESTIVAL 2018 support event「遥か」』を通して教わったことを、皆様とも共有できると本望です。よろしくお願いいたします。 Shout it OutBLUE LABEL

2018.7.22 Posted

Shout it Out 1st ONEMAN TOUR 「嗚呼美しき僕らの日々」ツアーグッズ

7/23(月)よりスタートする、Shout it Out 1st ONEMAN TOUR 「嗚呼美しき僕らの日々」のツアーグッズをご紹介します。 ワンマンツアーTシャツかバンドロゴTシャツ、もしくは合計3,000円以上のグッズをご購入いただいた方には、「ショッパー(ワンマンツアーデザイン)」をプレゼント(※数に限りがございますことを、あらかじめご了承ください) さらに合計6,000円以上のグッズをご購入いただいた方に、「ワンマンツアーポスター(B2サイズ)」をプレゼントいたします(※先着50名様がポスタープレゼントの対象となります) ■ショッパー(ワンマンツアーデザイン) ■ワンマンツアーポスター(B2サイズ) ===================== 各会場グッズ先行販売時間※チケットをお持ちでない方も、グッズ先行販売はご購入いただけます(開場後はチケットをお持ちの方のみが対象です) ◆7月23日(月) 岡山・CRAZYMAMA 2ndRoom<グッズ先行販売> 16:30~18:00 ◆7月25日(水) 福岡・graf
<グッズ先行販売> 16:30~18:00 ◆7月27日(金) 大阪・梅田クラブクアトロ
<グッズ先行販売> 16:00~17:30 ◆7月30日(月) 高松・TOONICE
<グッズ先行販売> 17:00~18:00 ◆8月2日(木) 名古屋・APOLLO BASE
<グッズ先行販売> 15:30~16:30 / 17:00~18:00 ◆8月4日(土) 松本・ALECX
<グッズ先行販売> 16:15~18:00 ◆8月6日(月) 札幌・COLONY
<グッズ先行販売> 16:45~18:00 ◆8月7日(火) 仙台・enn 2nd
<グッズ先行販売> 16:30~18:00 ◆8月9日(木) 東京・マイナビBLITZ赤坂
<グッズ先行販売> 15:30~17:30 ◆8月10日(金)  東京・duo MUSIC EXCHANGE
<グッズ先行販売> 14:30~17:45
※先行販売はライブ会場ではなく、渋谷gee-geにて実施いたします ===================== ■ワンマンツアーTシャツ価格 2,500円 カラー / ホワイト・ロイヤルブルー[数量限定商品]サイズ / M・L・XLプリント / 胸:バンドロゴ、背中:ツアー公演概要 [バンド史上初のワンマンツアーの全公演をバックプリントに刻んだ、オフィシャル・ツアーTシャツ]※各色とも、一度のお会計でお一人様1点限りの販売とさせていただきます(ホワイト 1点+ロイヤルブルー 1点=計2点のご購入は可能です。再度お並びいただいた場合は、追加でご購入いただけます)※ロイヤルブルー(XL)は完売いたしました。他サイズも各色とも在庫数に限りがございます。お並びいただいてもご購入いただけない可能性がございますことを、あらかじめご了承ください。     ===================== [ 数量限定商品 ]■バンドロゴTシャツ価格 2,500円カラー / ペッパーサイズ(プリント色) / L(レッド)プリント / 胸:バンドロゴ、背中:無し [50回のウォッシュ加工によるソフトな質感と、独特な色合いの生地です]※一度のお会計でお一人様1点限りの販売とさせていただきます。※M(ホワイト)・XL(ブラック)は完売いたしました。Lサイズも40枚のみの販売で、お並びいただいてもご購入いただけない可能性がございます。あらかじめご了承ください。  ===================== [ 数量限定商品 ]■サコッシュ価格 1,500円カラー / ブラック※一度のお会計でお一人様1点限りの販売とさせていただきます(再度お並びいただいた場合は、追加でご購入いただけます)※在庫数に限りがあり、お並びいただいてもご購入いただけない可能性がございますことを、あらかじめご了承ください。※カラー / ナチュラルは完売いたしました。    ===================== ■ラバーバンド価格 各500円 [ Shout it Out / 僕らの春は、まだ青い ]  [ シャウト・イット・アウト / シャウト /シャリラ ]  [ Shout it Out / ツアータイトル・公演日・会場名 ]※各公演オリジナル商品※数量限定につき、お早めにお買い求めいただくことをお勧めします    ===================== ■チャリティー・ラバーバンド価格 / 500円※売り上げの全額を、東北および広島へ寄付させていただきます。※寄付先については追ってご報告させていただきます。チャリティー・ラバーバンドの販売について [ Shout it Out / Shout it Out ]  ===================== [ 在庫わずか ] 2018.8.10 AM9:00時点
 ■Shout it Out ポップ・ロゴTシャツ(ブルー) 残数 M 8
※完売となっていたブルー(Mサイズ)を、8枚限定でツアーファイナルで再販売。全カラー・各サイズとも、在庫わずかです。お早めに! ■缶バッジ 残数 47 ■ラバーバンド(マーブル 両面「Shout it Out」デザイン) 残数 50
    

2018.7.19 Posted

「また今夜も眠れない僕らは」初回プレス分 封入特典 『Thanks Ticket』について

7月18日リリース ミニアルバム「また今夜も眠れない僕らは」初回プレス分 封入特典『Thanks Ticket』 CDに封入された「Thanks Ticket」を1st ONEMAN TOUR「嗚呼美しき僕らの日々」のライブ会場にお持ちいただくと、下記のいずれかの特典が受けられます。 ①メンバー直筆ジャケットサイン会
開演前限定:Shout it Outメンバー対応(各公演、先着100名様限定)
注)ライブのチケットをお持ちでない方も対象とさせていただきますが、公演スケジュールの都合上、100名様以降はチェンジング・ジャケット プレゼント(※スタッフ対応)へ変更させていただきます。そのことをあらかじめご了承いただいたうえで、ご参加ください。 ②チェンジング・ジャケット プレゼント
開場後および終演後:スタッフ対応
注)開場後および終演後の交換場所は会場内を予定しているため、ライブのチケットを持っている方のみ対象とさせていただきます。 ***************************** 《注意事項》必ず事前にご確認ください ※「Thanks Ticket」1枚につき、①or②いずれかの特典が受けられます。 ※① or ②のいずれの特典を受ける際も、グッズ販売と同じ列にお並びいただきますことをご了承ください。(グッズ購入をされない方も、その列にお並びいただきます) ※メンバーのライブリハーサル等の都合上、①の対応時間には制限があります。そのため、最大1時間ほどお待ちいただいたり(その場合はサイン会の開始時刻をお伝えしたうえで整理券をお渡しします)、100名未満でも終了させていただく可能性があります。ライブ本番前の対応であることをご理解のうえ、あらかじめご了承ください。 ※特典と引き換えに回収をいたしますので、忘れずに会場にお持ちください。お忘れになられたり紛失された場合、また会場販売分が完売したなどの理由をお申し出いただいても、イレギュラー対応は一切いたしかねます。 ※各会場での引き換え受付時間・場所などの詳細は、公演前日までにオフィシャルサイトの各公演情報にて発表いたします。 ※開場時間の都合上、「Thanks Ticket」をお持ちで①の受付時間内であっても、列にお並びいただくことをお断りさせていただく場合がございます。また、受付時間外に列があったとしても、お並びいただくことはできません。あらかじめご了承ください。 ※7/27(金) 大阪・梅田クアトロ、8/9(木) 東京・マイナビBLITZ赤坂の計2公演のみ、グッズ先行販売と同時にCD販売をいたします。その他の公演は、開場後からの販売開始となります。 ※会場でのCD販売数は少なめで、数に限りがございます。確実に特典を受けていただくためには、来場前に事前に購入してご持参いただくことをお勧めします。 ※ライブ会場限定特典となりますので、郵送対応は不可となります。 (2018.7.24 14:30 一部内容追記) ***************************** <対象公演>7/23(月) 岡山・CRAZYMAMA 2ndRoom
7.25(水) 福岡・graf
7.27(金) 大阪・梅田CLUB QUATTRO
7.30(月) 高松・TOONICE
8.2(木) 名古屋・APOLLO BASE
8.4(土) 松本・ALECX
8.6(月) 札幌・COLONY
8.7(火) 仙台・enn 2nd
8.9(木) 東京・マイナビBLITZ赤坂
8.10(金) 東京・duo MUSIC EXCHANGE

2018.7.18 Posted

細川千弘 (Dr/リーダー) ソロ・ロングインタビュー

「あと1ヶ月。このまま終わるのはくやしいし、このままじゃ終われない」 まず、このインタビュー記事を読む方々にお願いしたいことがある。どうかこの記事を最後まで読んでいただきたい。インタビューというよりは尋問のような箇所もあるかもしれないし、細川の口からは公言しないほうがいい本音も出るかもしれない。だがShout it Outが解散するまであと約1ヶ月半というタイミング、2018年6月27日に行われたこの取材の場で、2年半という僅かな時間だが彼らを追い続けてきた人間から、このバンドのリーダーである彼に伝えなければいけないことがあった。細川は解散発表時の公式コメントで山内彰馬の意思を尊重するという旨を発していたが、そのとき彼自身はどんな心境だったのか? 正式メンバーとして加入して2年半、彼はリーダーとしてどう務めてきたのか? 残り1ヶ月と少し、彼はどんな心境のもと、このバンドでどのような青春を過ごすのか――。 取材・文 / 沖 さやこ --------------- ◆彰馬と俺は同じものをかっこいいと思っていたんですけど、そこがずれてきた ――まずは時系列を整理しましょう。解散を正式決定したのはいつですか? 僕らから事務所に話したのは2018年の2月くらいでした。それで5月にレーベルと事務所と僕らで話し合いがあって、ツアー(2018年3~5月開催、「GOODBYE MY TEENS-延長戦-」)を終えたあと公に発表しました。(山内)彰馬はだいぶ前から漠然と解散を考えてはいたみたいで――ちょろちょろと「バンドを解散するという選択肢もあるのか」と堅苦しい感じではないんですけど、口にされてはいたんです。 ――「アフタースクール」は2017年夏に公開された映画の主題歌でしたが、『また今夜も眠れない僕らは』に収録されている曲は解散を決めたあとに制作したものですか? 今年の2月から制作を始めて、最初にレコーディングしたのが「また今夜も眠れない僕らは」で、そのあとに「髪を切って」と「さよならBABY BLUE」をレコーディングして、最後にできたのが「鳴り止まない」です。「髪を切って」は彰馬が二十歳になる直前に作った曲で、このタイミングで引っ張りだしてきたというか。 ――「髪を切って」は19歳から二十歳になるタイミングでこの歌詞ならポジティブに響くけれど、バンドが解散するタイミングで聴くと、まったく別の意味になりますね(笑)。 ははは……。そうですね、彰馬のリセット癖が出てるかな。これまでも彰馬はずっと、なにか新しいことを始める前にゼロにしてきてるんです。解散を決めたのもその性質だと思います。 ――ちらほらと解散を口にするようになる前から、その兆候は見えていた? んー……もともと、2016年の年末に新宿LOFTでワンマン(2016年12月26日開催、「EPリリース記念ワンマンライブ~これから~」)をして、そのあとにチーム内でのケンカがすごくなっちゃって。俺と彰馬の間もそうだし、俺とマネージャーさん、彰馬とマネージャーさん……と些細なことでしょっちゅう揉めちゃってたんですよね。いま振り返ると、本当に些細なこと。それでマネージャーさんが「一度ふたりのかっこいいと思うことをやってみてよ。出たいライブには全部出ていいし、そこから俺が学べるならば、それはすごくありがたいことだから」と言ってくれて。僕らにいろんなことを決めさせてくれるようになったんです。 ――自由になった千弘さんと彰馬さんはどんな“かっこいいと思うこと”をしたのでしょう? 自分たち主導でやるようになって、自分たちが好きなバンドのバンドマンとの交流の輪が広がって、そのバンドを自分たちのツアーの対バンで呼べたんです。それからそのバンドのツアーに呼んでもらえるようにもなったので、それは良かったですね。あと、自分たちのブッキングだと予算的にマネージャーさんが現場に来られないこともちょこちょこあったし、対バンのギャラ交渉とかもやらせてもらうことがあって。それまで俺たちはバンドマンとして自分たちでやらなければいけないことまでマネージャーさんに任せてしまっていたんだなと思いました。それを実際にやることによって、いろんなことに気付けたし、学ぶこともたくさんありましたね。 ――それが2017年の上半期。そのとき千弘さんと彰馬さんの関係性はいかがでしたか? メンバーもふたりになったからぶつかると1対1になるし、共同生活の中でお互いに不満も生まれて。そのころちょうど周りの同い年のバンドがシーンに出始めて――彼らは自由で、型破りな気質で、彰馬はそういう人間に憧れはじめていたんですよね。俺らもちょっと年齢を重ねて、ちょうど音楽業界に慣れてきたタイミングでもあったから、彰馬も自分を出したい、好きなようにやりたいと思うようになったんじゃないかなと思っていて。 ――反抗期というか。 二十歳になって酒の勢いで物を言っちゃうことも増えて、まさに反抗期ですね(苦笑)。最近彰馬と出会った頃のことをよく思い出すんですけど、言っていることがいまと全然違うんですよ。それまで彰馬と俺は同じものをかっこいいと思っていたんですけど、そこがずれてきた。反抗期に突入してからずっとそんな感じです。 ――千弘さんにはそういう反抗期はありました? マイペースで活動させてもらえるようになったタイミングで、大人から与えられたものを否定し続けました。それがアウトローっぽいなと思っていたんです(苦笑)。自分たちから「こういうことがしたい」とはほとんど提案しなかったし、音楽よりも遊びを優先することも増えてしまった。そんなとき、Shibuya O-WESTのワンマン(※2017年5月7日に開催)を終えたあとマネージャーさんが「千弘、このあとスケジュールに余裕あるから、1ヶ月くらい実家に帰ったら?」と軽い感じで提案されて。実はその期間は名古屋から東京に通っていたんです。実家にひとりでいるとき、いろんなことを考えて……。 ――いろんなこと? 3日前は600人の前でライブをしていたメジャーアーティストが、実家でひとりでぼーっとしていることに危機感をおぼえた。それ以外にも、いつでも個人練習に入れる環境なのに遊びを優先してスタジオにも入らなかったという自分の怠惰を反省しました。反抗しつづけていたのは、大人になにを言っても許されるような気になっていたからなんですよね。でも東京と切り離されて、ひとりで冷静に考えることによって、僕らは結果を出さないとすぐ切られる立場にあるということに気付きました。  ◆俺らが積み上げてきたことを嘘にしたくなかった ――千弘さんは彰馬さんの解散の決断に関してなにか思うことはなかったんですか? あいつは「やりたくない」と思ったことは絶対にできないやつだから。まあ器用にやれるっちゃやれるところもあるんですけど、その状態でShout it Outが活動していくのは難しいと思ったし、俺らが積み上げてきたことを嘘にしたくなかった。このまま活動していくと、いままでのShout it Outと地続きになれない瞬間が絶対に来る、別のバンドになっちゃうと思ったんです。だから彰馬の解散の提案も、わりと素直に受け入れました。彰馬は「俺は一緒にバンドをやるドラマーはへたくそでいい。千弘はうますぎるから、俺と一緒にやるのはもったいない。一緒にやるべきじゃない」って。 ――「俺よりもっといい男がいるよ」と言って恋人を振る男の人の台詞みたいだけど(笑)。 (笑)。彰馬がいまやりたいバンド像は、ボーカルにちょっとイカレたカリスマ性があって、楽器隊がヘタクソでも感情と熱量だけで突っ走るような泥くさい感じなんじゃないかな、と俺は勝手に思っていて。俺は彼女が何人も欲しいとも思わないし、お金持ちになりたいわけでもないし、でかい家も要らない。豪快で荒っぽいロックスターになりたいわけじゃないし、アーティストというよりはミュージシャンになりたかったし、ドラムを演奏する人間でいたいんです。音楽がしたい。だから「うますぎる」と言われたのはちょっと腑に落ちて。 ――千弘さんのスター性は学校で例えるなら生徒会長ですものね。だけど彰馬さんは生徒会長ではなく学校一の不良が持つようなスター性を求めた。 ああ、そうだと思います。メンバーがふたり脱退したあとのShout it Outは、バンドというよりも「俺と彰馬が音楽をやっている場所」という感覚があって。だから彰馬が言うなら……って感じでした。悔しさとかは全然湧いてこなかった。それよりも仕方ないなと思った。 ――「仕方ない」とは? Shout it Outは彰馬を軸にしたバンドじゃないですか。世間のイメージもそうだと思う。その彰馬がやらないって言ったら、やらないだろうなって。 ――わたしはShout it Outは「山内彰馬がいま思うことを音楽にしていくバンド」だと思っていました。でも、Shout it Outは「山内彰馬のバンド」ではないでしょう? Shout it Outはまず「彰馬ありきのバンド」というのがチームの共通認識としてもともとあって。彰馬の言葉がShout it Outの言葉であり、僕も彰馬の言葉を届けることを最優先にしてきました。でも彰馬の方向性がShout it Outが世の中に押し出された当時から確実に変わったし、わざわざ外に見せるべきではない姿まで見せるようになってしまったというか。チーム内で誰も彰馬を嫌いになったわけではないんです。でも、その変化について口で説明されるわけではないので、結果としてShout it Outの方向性がわからなくなってしまったというか。 ――彰馬さんが変わったことはわたしも感じます。『また今夜も眠れない僕らは』は完全に変わる前の彰馬さんを意識しながら彰馬さんが曲を作っているとも思いました。変わったあとの彰馬さんがそのまま出た曲を、バンドで完成させてみたら状況は変わったのでは? もともと彰馬があんまり曲を作ってこなくて。彰馬は曲が降ってくるタイプではなくて、書こうと思わないと書けないタイプだと思うんですよ。曲を作らなかったのは、追い詰められる瞬間がなかったからだと思うんです。彼の原動力は葛藤だったと思うんですけど、俺たちは事務所に所属してからどこかリア充になってしまったから、それがなくなったという気はしていて。だから曲にしなきゃいけない不満がなかったというか。今回のミニアルバムの新曲は、もう彰馬のなかで解散を決めていたから生まれた曲なんじゃないかなと思っていて。 ――千弘さんや事務所への不満は直接言えばいいから曲にする必要もないですしね。2016年の9月に作曲ができるメンバーが脱退してしまったことで、彰馬さんに負荷はかかっただろうなとは思うけれど。 さっき沖さん(筆者)が言ったとおり、変わったあとの彰馬に完全に振り切って曲を作ってくれたらな……とは思います。あいつはShout it Outのイメージである青春、10代、若さ、青さというものが嫌いになりつつも、頭のどこかに常識的な考え方を持っているから、Shout it Outのイメージを壊してはいけないと制御してしまった。ただ、腑に落ちない場面で歯を食いしばるのは社会では誰もがやっていることで、やるべきことはちゃんとやるべきだし、やりたくないことならせめて真剣に向き合おうとしてくれている人には、考え方や感性が違うとしても、怒りを行動で示すだけではなく「なぜ、どうして」を伝える必要があった。ミュージシャンなんだから不満のはけ口を音楽で表してくれていたらいちばん良かったとは思います。そして俺も唯一のメンバーとして、そう導けるように根気強く向き合うべきだったかなと。 ――Shout it Outには青春、10代、若さ、青さというイメージももちろんあるけれど、わたしにとってShout it Outの最大の魅力は、ソングライターでありフロントマンである彰馬さんと、彰馬さんの曲を信頼したうえで自我を持ってドラムを鳴らす千弘さんという、タイプがまったく違うふたつの色がせめぎ合っていることでした。山内彰馬のソロプロジェクト的なバンドではないから、Shout it Outは歌ものと呼ばれる日本のロックのなかでも異彩を放っていた。 ああ、ありがとうございます。自分よりうまい人がたくさんいるのは当然なんですけど、「千弘にしか叩けないタイム感ってあるよね」と言われることがちょこちょこあって。だからドラマーとしては我を出したいとは思っています。 ――千弘さんがサポートドラマーとして入ったのが2015年の秋。正式メンバーになったのはその年の年末。まだ2年半ですよね。解散という決断は早くない? それなら活動休止でも良かったのでは? マネージャーさんからも解散を反対されて、「再び動かせるように活動休止にしたらどうか」とも言われました。でも活動休止と謳って活動を再開しないバンドも多いし、そのまま解散するバンドもいて――そういうのはいやだったんです。活動休止と謳うなら復活する日を決めておいて、それまでの期間でじっくりスタジオに入って、熟した状態で復活するべきだと思っていて。でも僕らはこの先Shout it Outとしてふたりでステージに立つことはないと思ったんです。ビジョンが見えなかった。いまよりも良くなって復活する想像も約束も、俺はまったくできる自信がなくて。だから解散と打ち出しました。 ――「ビジョンが見えない」というのは、彰馬さんと音楽をやりたくない、ということ? そのマネージャーさんとの話し合いで「解散と言うのならば、今後Shout it Outの楽曲を一切歌わない、と言えるくらいの覚悟はある? それくらい覚悟が固まっているなら、反対はできないけど」と訊かれたときに、彰馬が「はい」と即答したんです。例えば僕は解散後にSNSのプロフィール欄で自ら「ex.Shout it Out」と打ち出すつもりはない。何かのタイミングで元・Shout it Outと紹介されるのは、いままでの人生を肯定されるようで嬉しいと思うけど、過去の実績をぶら下げなければ価値をわかってもらえないミュージシャンにはなりたくないから。だから彰馬がそう即答したことは理解できます。で、彰馬がShout it Outの曲を歌わないなら、俺が彰馬の後ろで叩くこともないな、と。解散を持ち出されたときは俺も、彰馬と俺のかっこいいと思うものが違うものだと感じているときでもあって。でも解散が決定してまず思うことは、聴いてくれている人たちや関係者のみなさん、関わってくれた人たちに本当に申し訳ないという気持ちで。でも……解散するしかなかった。  ◆「これが俺たちの青春でした」という綺麗な言葉のまま終わってしまう、それは怖い ――お話を聞いて、いろんな事情があることもわかったうえで、Shout it Outはお互いが向き合うことを避けた結果の解散という気がしています。彰馬さんが自分の理想だけで突っ走ることも曲を作らないこともラクなことだし、千弘さんが彰馬さんの言うことをそのまま受け入れたのもラクなことじゃないかしら。 ……そうですね。曲を作ってスタジオに入って、というバンドのルーティーンがなかったのは事実なんです。1年で100本以上のライブをやっていながらセットリストが毎回同じで、ライブがマンネリ化してしまっていたので、出来るだけ早く作ってくれとは言っていたんですけど。新曲ができないからライブ前にスタジオに入る必要もなくなって。やっぱり切実な問題でしたね。 ――ソングライターに曲を作ってもらう環境を作るのは曲を作らない人間の務めでもあるとも言えるし、ソングライターが曲を作らないというバンドにとって致命的な状況を救うのはリーダーの務めでは? ああ……。俺は曲を作る大変さがわからないから、彰馬に強く言えなかったのは事実と言えば事実です。どんなものであれ、ひとまず曲にしてみないと、なにも進まなかったですよね。 ――あと、楽器隊であるリーダーが力を尽くすべきだったのはサポートメンバー。正式メンバーにするならばもっと団結力を強めてスパルタ教育するべきだったし、するつもりがなかったならもっといろんな人とコラボレーションして毎度新鮮な空気を作るべきだった。 それはもう……僕らもつくづく痛感しているんです。そもそも事務所から紹介されて出会ったサポートメンバーだったんですが、短期間で楽曲を覚えてくれて、駆け出しの2人体制において演奏面でのプラスをもたらしてくれました。俺としてもフルアルバム『青年の主張』を作るメンバーを正式メンバーに迎えられたらと思って制作に臨んでいたので、ひとまずそのメンバーで『青年の主張』のツアーを回ってみたんです。自分もサポートメンバーとしての期間を経験しているぶん、好意的に迎え入れたいと思って自主的にコミュニケーションを図りました。でもツアーを終えて正式メンバーと考えたときに、その4人でShout it Outを名乗るには、まだまだクリアしなければならないことがあるなと。 ――そこでサポートメンバーを変える発想は生まれなかった? 継続的に弾いてくれる人が見つからないなら一般公募という方法もあったでしょう? 千弘さんたちと同年代で、Shout it Outに入りたいという才能のあるギタリストとベーシストは全国にたくさんいたと思いますよ。 ああ、そうですね……。俺、視野が狭すぎましたね。いま言われて確かにそうだなと思うけど、あのときはそんな発想がなにも生まれなかった。事務所からもレーベルからも、正式メンバーにできるサポートメンバーは自分たちで見つけるようにとは言われていたし、バンド仲間や関係者の人からも良い方向に向かっているようには見えないとも言われ、自分たちでも気づいていた。だからといって俺たちは外野の人に積極的に相談はしなかった。人に相談してまでバンドをどうにかしなきゃ、とも思ってなかったかもしれないです。色んな人の力があっての今の立場なのに、Shout it Outを悪い意味でメンバーが独占して、勝手に諦めてしまっていた。彰馬に対してボーカリストとして尊敬している部分は、もちろんいまもあるんですけど、お互いに自分の理想から外れている部分ばかりを見てしまって、バンドを続けようという努力が足りなかったと思います。 ――千弘さんがリーダーとしてバンドをどうにかしようと奮闘していたら、もしかしたら少しなにか変わっていたかもしれない。 ……メジャーデビュー前、そのときの俺は個人練習もめちゃくちゃしていて、当時のメンバーに「このままだと日本一演奏がへたくそなメジャーバンドになってしまう」と言ったことがあったんです。その熱量でいまのShout it Outをどうにかしようとしていたら、もしかしたらなにか変わっていたのかも……。こうやって振り返ると、自分たちのペースで活動させてもらえるようになってからここ数ヶ月前までの期間は、ラクなほうに流れてしまった場面が多くて、プロとして胸を張れる時間は少なかったかもしれません。 ――いまの話をしましょうか。現在はサポートメンバーも様々な人を招き入れてライブをしているそうですね。『また今夜も眠れない僕らは』にはcinema staffの三島想平さんや、KOTORIの上坂仁志さん、FOMAREのアマダシンスケさん、ex.赤色のグリッターの鈴木陸生さんが参加しています。 彰馬と俺がそれぞれ、プレイヤーとして尊敬している人にお願いをして。自分が尊敬しているプレイヤーとレコーディングをするのはすごくしっくりくるし、いいものだな……と思いました。最近のライブではギターは陸生くんや、the unknown forecastの岡村(耕介)くん、ex.空中メトロの星衛(一輝)くん、ベースはRocket of the Bulldogsのしょうちゃん(谷川将太朗)や俺の兄貴(細川雅弘/ ex.the unknown forecast)とかに弾いてもらっていて、そのなかで気付けたことがたくさんあるんです。いい意味で緊張感があるし、新しい風をたくさん持ってきてくれるので、さっき言われた通り、いろんな人とコラボレーションすることは大事だなと思って――ワンマンツアーを一緒にまわるサポートメンバーは、こっちからお願いしなくてもリハーサルや個人練習に専念してくれているし、みんな自分のバンド活動で苦労をしてきているぶん、バンドマンとしての下積みの経験値を活かして、プレイ以外の部分でも積極的にサポートをしてくれるんです。こんなに毎日、何時間もスタジオに入っているのはメジャーデビューの頃以来。今回は俺と彰馬からオファーしたので、サポートメンバーに対して責任を感じることもできている。スタッフさんたちからも言われるんですけど、バンドの雰囲気がすごく良いんです。いろいろ気付くのが、ちょっと遅かったかも(苦笑)。 ――滑りこみで間に合いましたね(笑)。解散を発表したあと、いまのマインドはいかがですか? いまはまだワンマンツアー(7月中旬より開催される1stワンマンツアー「嗚呼美しき僕らの日々」)も始まっていないので、解散とか関係なく、いままでと変わらないようにしています。「お世話になった先輩と最後の対バンか」とか「この地にこのバンドで来るのはこれが最後か」と考えたりはするけれど……まだ最後という感覚はなくて。ワンマンツアー前までに、わりとまだライブがたくさんあるんです。だからまだそんなに変わらないかもしれない。でも解散を発表してからピシッとした気持ちはあって。しっかりしなきゃって。俺らはいろんな人から恩を受けてるし、期待されてきたと思うんです。そういう人たちにちゃんと感謝を伝えたいし、義理は守らないといけないなと。1本1本大事にしたい。あとは、公に怒りや不満ばかり口にしてきたけど、感謝も口にして、態度で示さなきゃなと。SNSやインタビューでのいろんな言動から、大人と上手くいかなかったというレッテルを貼られる機会が増えてしまったんですが、僕ら的には学校や社会で誰もが不満を持ったり愚痴ってしまうレベルのもので、そこまで大それたことではないとあえて僕の口から言っておきたいです。自分たちのことをサポートしてくれた大人の方に、大前提としてちゃんと感謝も尊敬もしています。 ――そういう気持ちを持つのは立派だし大事なことだけど、もっと千弘さんの個人的な気持ちが知りたいな。Shout it Outがあと1ヶ月で解散するという状況で、リーダーの細川千弘はどういう心境なんだろう? そうだな……いまパッと思いついたのは、つらい、かもしれない。でもなにがつらいんだろう? いや、やっぱり「つらい」じゃない。くやしいっす。このまま終わるのはくやしいです! ――というと? いまのShout it Outのままワンマンツアーをやったら、器用にやり過ごして、「これが俺らの青春でした」みたいな上っ面の綺麗なことを言って終わっちゃう気がするんです。例えば俺たちがShout it Outを続けたいと言っていても、これまでの実績や姿勢でもう少し続けていたら、この先で事務所やレーベルから契約更新をされなかった可能性だってあるわけで。このタイミングで自ら解散を決断したことを、美談にしすぎてはいけない。なのにこのままだとホームページに掲載された文章のまま綺麗に終わっていってしまう――そんな気がしました、いま。 ――いま(笑)。 はい(笑)。ちょっと怖くなりました……。さすがに血の気引いたっすね。 ――Shout it Outは未確認フェスティバルでグランプリを取ったけれど、あれは表舞台のスタート地点だと思うんです。おまけに千弘さんが加入したのは大会のあと。それでShout it Outが解散したあとに残るものはなんでしょう? 彰馬さんは公式コメントで「Shout it Outのとどめ」という言葉を使っていましたが、あと1ヶ月で千弘さんはなにを残す? オリジナルメンバーは彰馬だけかもしれないけど、俺がShout it Outとしての看板を背負って活動してきたのは脱退したオリジナルメンバーよりも濃くて長い自負があるし、俺はそこには意地を張りたいというか。その意地があるからこそ最後までプロ意識をもっていたいし、最後までかっこよくなっていたいし、最後がいちばんかっこいい状態でいたい。それが俺の「とどめ」ですね。 ――あと1ヶ月、まだまだShout it Outは育っていくということですね。 この1年、俺が彰馬とぶつかることを避けてきたのは事実なんです。それは彰馬も一緒で、彰馬も俺とぶつかることを避けてきた。それはふたりとも、ぶつからないほうがぎくしゃくしなくてラクだからだと思うんです。俺も彰馬もライブのステージ上以外で音楽をしていなかったから、心もバンドから少しずつ離れていってしまって、「バンドをどうしよう?」と考えることよりも「明日の昼飯どうしよう?」ということのほうが重要だった。俺は嘘をつくのが苦手だから、彰馬に対して諦めて、バンドに対して諦めて、揉め事を避けるために上っ面なことしか言えなくなって……。でもこのまま終わるのはくやしいし、このままじゃ終われない。最後まで胸張って、Shout it Outのメンバーでありリーダーであることを、心の底から誇っていたいです。

2018.7.18 Posted

山内彰馬 (Vo/Gt) ソロ・ロングインタビュー

「形が変わったとしても僕は青春のレールの上を歩き続けるんやと思ってます。」 ■6月5日に発表された唐突過ぎるニュースに、未だ戸惑っているリスナーの方々も多いことだろう。『また今夜も眠れない僕らは』と冠されたミニアルバムが7月18日にリリースされること。そして、秋までのワンマンツアーでもってバンドは解散するということ。端的に言えば、このインタヴューはその真相を洗いざらい語ってもらうためのものだ。しかし同時に、Shout it Outは何をガソリンにしてきたバンドで、今に何を遺そうとしたバンドだったのかを位置づけるインタヴューでもある。これを読んでいる方なら既にわかっているだろうが、Shout it Outとは、人の青春とは何かをそのまま体現してきたバンドだ。先の見えない未来へと急かされることへの焦燥と、不安。それらの象徴としての大人と、まだ青いままの自分の心と……その狭間でもがき苦しむ様をそのまま実況生中継してきたようなバンドなのである。その上で彼らが特異だったのは、多くの人が通り過ぎてみて初めて認識するであろう「あれは青春だったのだ」という感覚を、その渦中で「これが青春なんだ」と自覚して取っ組み合っていたこと。それが彼らを位置づけるバンドイメージになった一方、率直に書けば、あまりに刹那的なガソリンだったとも思う。だからこそ一瞬の火花のように煌めいた歌と音楽だったし、それはこれからも人の心の中で消えないものだ。確かにShout it Outとしては最後の作品のインタヴューであり、バンド人生の第一章を総括する一旦のエンディング語録だ。だけど、彼らの日々はまだまだ続いていくし、その未来のためのテキストというつもりで洗いざらい語ってもらった。どうか、彼らの背中を押して送り出すように読んでください。 取材・文 / 矢島 大地(MUSICA) --------------- ■6月5日に、Shout it Outを終わらせることが発表されました。8月10日までのワンマンツアーを一気に駆け抜けると思うし、Shout it Outの彰馬くんとしてのインタヴューは、おそらくこれが最後になると思うんですけど。そういう今の心境から教えてもらってもいいですか。 「こういう言い方をしたら怒られるのかもしれないですけど、凄く楽しみなんです。何が楽しみかって言うと、最後にいい作品が作れたし、それをリリースしてのツアーも初めてのワンマンツアーなので、純粋にそれがワクワクするんです。で、これが一番怒られるポイントやと思うんですけど……6年間やってきたことを終わらせてしまうのが楽しみなんです」 ■それは、砂場で一生懸命作った砂の城をぶっ壊す快感に近い? 「ああ、そういう感じです。終わらせることで何か新しいものが始まるんじゃないかっていう予感があるから、それが楽しみで」 ■とはいえ、6年間情熱を注ぎ込んだものを終わらせるのは相当の覚悟と理由が要ると思うし、去年3月の『青年の主張』という作品はまさに、自分の中の大人への嫌悪を少しずつ赦していこうとするアルバムだったわけで。そうして新しいタームに入っていく予感に満ちた1年間があったにもかかわらずバンド解散という選択をしたのは意外だったし、惜しいとも思っていて。なので、ここで改めてShout it Out解散という結論に至った理由を彰馬くん自身の口から教えていただいてもいいですか。 「一番大きな原因としては、僕自身が一度今の自分と別れて、それによって次に進みたくなったというか。そもそもバンド解散について考え始めたのは、去年『青年の主張』をリリースした直後ぐらいやったんです。で、その頃は『もしかして自分は新しいことがしたいのかもしれない』っていう予感ぐらいで、それによって『解散もあり得るんじゃないか』っていう発想が頭の中に出てきて。それは別にソロシンガーになりたいっていうことでもなく、バンドとして新しく始めたいっていう気持ちやったんです。『6年やってきたことを終わらせる楽しみもある』っていう気持ちの中には、Shout it Outと6年間向き合ってきた自分が新しいものを始めたらどんなものが生まれるんだろう?っていうワクワクも含まれていて。そういう好奇心が抑えられなくなったんですよね。それで、いよいよ解散を決断して正式に周囲に伝えたのが今年の2月頃でした」 ■なるほど。Shout it Outは彰馬くんが10代の時から始まったバンドだということも含め、自分の中の少年性に語り掛けたり、自分の青春を手放さない方法を模索したり、っていうのが彰馬くんの歌のテーマになってきたのは変わらなかったと思うんですね。だけど発想としては、大人になっていく自分も受け入れながら、その人生を音楽と同期して更新していくっていうことも正直にできるのがロックバンドだったりするじゃないですか。 「そうですよね。まさにそう思います」 ■だけど彰馬くんはそのバンドを終わらせる選択をした。その理由は、今のお話を聞く限り、わかる部分もあるし、わからないところもあって。 「これもまた僕のわがままな話になるんですけど、Shout it Outって、僕がギリギリ19歳の時にメジャーデビューしたんですね。その時の自分は、青春の中にいるっていうことや、大人になっていくことへのモヤモヤを歌にするっていう闘い方しか知らなかったんですよ。それがこのバンドのイメージになっていたと思うし、その術しか知らないまま世に出てしまって。で、その世間からのイメージ以上に、僕自身がShout it Outに対して『青春を歌にしていくバンド』っていうイメージに縛られてしまって。だから、いつしかShout it Outは僕の青春を体現するためだけのものになってしまったんです。だから今振り返れば、この解散は、そのイメージしか知らないまま世に出て行った時に決まり切っていたことなのかな?って思うんですよ。それに、Shout it Outのオリジナルメンバーとして6年ずっとやってきたのはもう僕しかいないし、そういう人間からすると、自分が大人になるためにShout it Outをこねくり回してどうにかなってしまうくらいなら、一番綺麗な時に終わらせてあげたかったんです」 ■彰馬くん自身も言ってくれた通り、Shout it Outの音楽と歌のテーマとしては、未来がモヤモヤとしている不安だったり、その象徴としての大人だったりに対峙して心の内を叫んでいくもので変わってこなかったと思うんですね。それは作品を出すごとに、愚直で切実な音楽に映っていったと感じているんですが。彰馬くん自身は、このバンドはどういうふうな歩みを辿ってきたと思っているんですか。 「きっと『青春を歌う』っていうことに対して、ここまでやれた!っていう自信をShout it Outに対して持てていなければ、ここでは終わらないと思うんですね。20歳になって2年が経ったのが今ですけど……自分にとっては、10代を引き延ばすのは2年がギリギリだったっていう感覚が近いんです。だから言ってみれば、まったく歩むことなく、ずっと同じ場所にい続けることだけを模索してきたバンドなんやと思っていて。で、それは今振り返ってみても間違っていなかったと思うんですよ。ずっとずっと同じところから歌っていたし、そこにいるために歌ってたんやなあって」 ■たとえば『青年の主張』の“影と光”は、フレーズにしろメロディにしろ泣きの強いもので。そういう曲で<自ら一人を選んだくせに/寂しさを世界のせいにした>、<これで人の醜さに/触れることなく生きてゆけると>、<孤独の中で出会いを知って 壁の中で人を想った/傷が癒えないのは 忘れちゃいけないものがあるからだ>と歌われていた。今言っていただいたように、自分で自分の部屋から動かないために叫んでいたというか。 「本当にそうやと思います(笑)。ずっと同じところにいたくて、だんだん自分が大人になってきたと感じたことで、壁を作らなきゃいけなくなっていって。で、その当時は特に、<これで人の醜さに/触れることなく生きてゆけると>っていうことを考えてたんだと思うんですけど……じゃあなんで壁を作って閉じこもろうとしてきたかって言うと、やっぱり自分の好きなものを守りたかったんです」 ■守りたかったもの、一番好きなものって、具体的に言うとどういうものだったんでしょうね。 「歌を歌って人に聴いてもらえる環境っていうのが一番大事で、一番好きなものでした。結局は自分のことが一番好きだから、それを大切にしてくれる周りの人だったり、言葉を選ばずに言うと自分を満足させてくれる人やったりを大事にするというか。ライヴやったら目の前で自分の歌への人の反応が見えるわけじゃないですか。僕からしてみれば、あんなに気持ちいい環境はないんです(笑)。自分勝手な歌を人に歌って、それで自分が満足できる。だから、ただただ自分が幸せになる環境を大事にしたかったんやと思うし、それを突き詰めたら、やっぱり自分にとって一番守りたかったのは音楽やったと思いますね。それを誰にも邪魔されたくなかった」 ■自分を好きか嫌いかは人によって違うかもしれないけど、きっと自分のことが一番大事で最優先なのは誰もが一緒だろうなって思うんです。そういう意味で、自分以外のことに無責任でいいし自由でいいしっていう免罪符を手に入れられて、そもそも音楽的にも一番寛容なもので、っていうのがロックバンドで。それが彰馬くんがこうしてロックバンドをやり続けてきた理由なのかもしれないなって今思ったんですけど。 「ああ、そうですね! 自分が好きなバンドを観たり聴いたりしてると、覚悟とか責任とかが見えてくるのがカッコいいとは思うんですよ。だけど、僕自身はそれを背負うっていうことを自覚したことがなくて。たとえばメンバーが脱退した時には『責任を負う』とか『覚悟を持っていく』とか口にしていたと思うんですけど……それもきっと、責任を負う気でいただけだった。だからきっと、僕が無責任でいられるShout it Outという環境が心地よかったんやろうなって思いますね」 ■ここからは少し見方を変えて訊きますね。やっぱりこのバンドに自分の人生を重ねてきたリスナーもいるし、このバンドに愛を注いで守ろうとしてきたスタッフや仲間の人達は実際にいますよね。このバンドをやればやるほど、そうやって愛を受け取ってきた自覚が彰馬くんにも芽生えてきて、ただ自分勝手なだけではいられないし、ただのぬるま湯に浸かっているだけではダメだっていう気持ちが生まれたからこそShout it Outという居心地のいい場所を出て行く決断した部分もあるんですか。 「………次に進むという決断をして、その決断をした上で今思うのは、『こうして解散という決断をしたということは、いずれ自分自身で覚悟を持ってやれる』っていう確信を持てたんですよ。このバンドを辞める理由はこれまで説明しましたけど、きっと、それに自分で気づかないふりをしていたら続けることもできたと思う。だけど解散するっていう決断ができたということは、これから、周囲の大事なものに対する覚悟や責任が生まれていく兆候なのかなっていう気がしていて。……きっとロックバンドはいつまでも無責任なものでいいとは思いつつ、だけど大事なものや好きな音楽があるなら、それを守れるくらいの覚悟とか責任は形成していかなきゃって。僕は19歳でメジャーデビューして、それより少し前には事務所の人に見つけてもらえていて。そこで自分のコンプレックスになってきたのは、『自分で何もしてこなかったから、自分だけでは何もできない』っていうことだったんですよ。もちろん曲を作ってはきましたけど、曲を作るっていうことだけに頼ってしまっていたから、このバンドを大事にしてくれている人達のことに責任が持てないまま来て。そうやって、自分が作ったものを自分で動かせていないっていう部分にコンプレックスがあったし、責任感っていうことからも遠いままやったのも、それが大きい気がするんです。それを、ちゃんと自分の責任と覚悟で動かしたくなった。それが解散の理由のひとつであることは間違いないなって思います。だから、6月5日に解散を発表する時、『解散を発表したら俺はどんな気持ちになるんやろ?』っていうのが自分としても見当がつかなかったんですけど」 ■発表して、何を感じましたか。 「いざ発表してみたら、僕自身は凄く気持ちよくて(笑)」 ■(笑)落胆した人達もたくさんいるのはもちろんわかった上ですよね? 「もちろんです。それに対しては、僕のせいで振り回してしまったなとは思うんですけど……でも、その気持ちよさが何かって言ったら、『やっぱり自分の人生は自分で握ってるやん』っていう実感やったんです。『ずっと忘れてたけど、自分の人生って自分で決められるやん!』って」 ■自分で舵を切れたことへの気持ちよさだったんだ。 「そうなんですよ。ああ、自分でやれてしまった!っていう。だからこそ、これから自分でイチから環境を作って始められるんだっていう気持ちがどんどん強くなっていって。それに、自分で決めて作って行く道だからこそ覚悟は持てるんやろうなって。今はそう思うんです」 ■責任や覚悟っていうものは、成人っていうシステムだったり大人だったりに押し付けられるものではなくて、自分で気づいていくべきものだよね。 「まさにそうで、自分が大人っていうものを嫌って歌にしていた理由もそこにあると思うんですよ。責任や覚悟っていうものを説かれても、何もわからないんですよ。それに、好きなミュージシャンが責任や覚悟の歌を歌っていても、わからない。今僕は22歳ですけど、同い年の連中はちょうど就職活動をやっていて、会社が決まり始めている頃で。それで話していても、みんな自覚なんてないんですよ。『働くんかぁ』くらいしかイメージできない。やっぱり僕達は、気持ちが10代のまま社会に引き上げられているだけなんやなって。だけど自分の意志で解散を発表した時に、自分がようやく大人になれたのかもしれないなと思いました。自分でやることは自分でケツ拭けよ、なんて当然のことも、人に言われているだけじゃ理解できなかったことだと思うんですけど……それが自分から発信したことによって、大人になることの意味が跳ね返ってきた感覚でしたね」 ■そして、その上でまだまだ音楽を続けていきたいしバンドをやりたいっていう気持ちも燃え上がっているわけじゃないですか。それは、音楽というものがご自身にとってどういうものだからなんですか。 「よく『音楽は生活の一部だ』って言う人がいるじゃないですか。だけど僕は、それが信じられなくて。曲を作る時は絶対に生みの苦しみがあるはずだって思ってたから、生活の中でふっと生まれてきちゃうっていうのが信じられなかったんですよ。そもそも、Shout it Outを始めた時も『ギター持って歌ってくれ』って言われてバンドに入ったから、歌以外にギターを弾くことも全然好きではなかったんですね。……そんな僕が最近、6年やってきた中でやっと、凄くサラッと日常生活の中でメロディが降りてくること増えて。今回の作品で言うと、“さよならBABY BLUE”はまさにそういう曲で。“鳴り止まない”や“また今夜も眠れない僕らは”は、Shout it Outがライヴで鳴らすための曲を作ろう、と思って作ったので、また違うんですけど。あと、“髪を切って”は昔のストックから引っ張ってきた曲なので記憶は曖昧なんですけど、確か、日常の中でサラッと生まれてきたような曲だったと思いますね。たぶん、“さよならBABY BLUE”とか“髪を切って”は、いい意味でバンドじゃなくてもいい曲やと思うんですよ」 ■まさに。生活の中から生まれてきたと言われた曲ほど、弾き語りでも成立するようなフォーキーなメロディになっているのが面白い。 「やっとミュージシャンになれたっていうことなんですかね(笑)。やっと音楽が自分に染みついたというか。これをしたいというより、自然に出てきてしまうようになったから、それを形にするのが凄く楽しいんです。だから、これからも音楽をやっていきたいと思えているんやと思います」 ■先ほどの話にも通じますが、彰馬くん自身が、Shout it Outというイメージから解き放たれたことによって、音楽に素直になれたとも言える? 「ああ、そうですね。解散を自分自身で決断したことで、こうでなければいけないっていうのがなくなった瞬間、凄く自然に音楽が生まれてくるようになって。音楽が好きやから音楽を死ぬまで続けようと思っていたのが、きっと死ぬまでやるんやろうなって思うようになってきて。そこまで意気込まなくても、自分の持っているものを自然に形にしていけるっていう感覚が生まれてきたんです。……逆に言うと、これまでは、自分の中で閉めてたドアがみっつぐらいあったんやろうなと思うんですよ」 ■そのみっつのドア、それぞれの種類を教えてもらっていいですか。 「ひとつは、自分自身でShout it Outをやるために閉めておいたほうがいいなって思ったドア。もうひとつは、メジャーデビューよりも前に環境によってに閉められたドアですね。それからもうひとつは、メジャーデビュー前の自分が向き合うには問題がデカ過ぎて、向き合わないまま閉めてきたドアがあるんですよ。それでたぶん、Shout it Outを解散すると決断した時点で、Shout it Outをやるにあたっては閉めておいたほうがいいと思っていたドアを開けるわけじゃないですか。そしたらいろんな制限とかこだわりがどうでもよくなって、自分から出てくるものを何でも形にできてしまうんですよね。そこにワクワクや可能性を感じられているんやと思います」 ■それで言うと、さっき言われたみっつのドアの中には、何が入っていたのかを具体的に教えてもらえますか。 「ひとつ目のドアで言うと、Shout it Outのその他全部というか。Shout it Outの大きなテーマにそぐわないなと思うことは、無意識のうちにドアの向こうに閉じ込めてきたんですよ。それで、ふたつ目の『環境によって閉められたドア』の中には……『考えること』を閉じ込めてたんやと思います。特に最初の頃は、結構『こういう曲を書こう』っていうふうに言われることが多くて。それで歌詞を全部書き直したりとか。そしたら今度は、そこに100%で向き合っていくと疲弊してしまうから力加減を覚えてしまったんですね。そこが自分の甘さやったと思うんですけど」 ■OKが出るように曲を書いちゃう、みたいな。 「まさに。それからみっつ目のドア――当時の山内少年が閉めてしまったドアが今回の話にすべて繋がるんですけど、それが『自分の運命は自分が握っている実感』を閉じ込めてたドアなんですよ。で、解散っていう形でそのドアを開けてみた時に初めて、自分の人生を自分で決めていける実感がようやく生まれてきたんですよ」 ■そもそも、人生は自分で決められるっていう実感すら閉じ込めていたのは何故なんですか。 「きっと、当時17歳くらいの自分は舞い上がってしまってたんやと思います。大人のスタッフの方がついてくれて、このバンドを評価してくれて――そこで、この人と一緒にいれば大丈夫っていう気持ちがだんだん『その人の後ろに回っていれば大丈夫』みたいな感じになってしまってたんですよね。そしたらやっぱり、自分で舵をとるっていうことを置いておいてしまってた。それが大きかったんやと思います」 ■たとえば歌詞や曲の方向性っていう部分では自分で制御することを覚えてしまったかもしれないけど、歌うことに関してはどうだったんですか。初めてインタヴューした時に歌をどう捉えているのか伺ったら、「アーでもウーでも、そこに感情が無濾過で乗っていればいいんだ」とおっしゃっていたんですけど。そういう歌の大事さは変わってこなかったと思います? 「はい。そこは絶対に変わってこなかったですし、歌詞やメロディっていう部分以上に、やっぱり歌うっていうことだけは譲れなかったんですよね。それに、歌うっていうことが大事だからこそShout it Outはここまで続いてきたんやと思いますね。やっぱり、歌っている間はいろんなことがどうでもよくなってしまうんです。で、ここ1年くらい、自分自身と向き合うことができるようになったら歌うことがまた楽しくてしょうがなくて。それを死ぬまで続けていくために、もう一度イチからバンドを始めるのもいいなって思ってるんですよね」 ■歌うことが一番大事なんだけど、それは絶対バンドでありたいっていうのは何故なんですか。 「これは至極単純な理由で、気の合うヤツと一緒にステージに立って大きい音を鳴らす気持ちよさを知ってしまうと、もう止められないんですよ(笑)。こんなに気持ちいいことある?って」 ■こうして対面して会話する以上に、音と音を合わせるほうが人と心が通う、みたいな感覚も彰馬くんの中にはあったりするんですか。 「そうですね、それはめちゃくちゃあると思います。でも、なんなんでしょうね? マジで気持ちいいんですよ。セッションでは決してないけど、ここでこの音があって、ここにキメがあって、みたいにあらかじめ決められた曲をやっているだけではあるんですけど、そこで音が合っていくごとに奇跡を感じてしまう。そういう奇跡は音楽からしか感じたことがないんです。だから、もし僕にひとつ才能があるならば……音楽から感じられる快感を人一倍多く受け取れるっていう才能やと思うんですよ(笑)」 ■すぐキマれると(笑)。 「そうなんですよ(笑)。生きていて何も考えなくていい瞬間って、ほんまにライヴの間しかなくて。これはそもそも民族学的な音楽の原点、みたいな話になりますけど、辛さや痛みを抱えながら神にすがって、っていうのが歌とか音楽になっていったと思うんですよね」 ■祈りですよね。 「そうやってすべてを忘れてしまうためのものが音楽やし、胡散臭い言い方ですけど、僕にとっての神は音楽なんです。それだけを見つめていられる時間は音楽の中、ライヴの中にしかないんですよ。自分にとっての信仰と向き合える時間やなって思います。だから、ああやって人と音を合わせるバンドという形に惹かれ続けてるんやと思います」 ■人って、痛みや苦しみを供養するようにして信仰と祈りを捧げるじゃないですか。そういう意味で言うと、彰馬くんが音楽によって浄化・供養したかった痛みや苦しみは、どういうものなんですか。 「うーん………自分自身ですね。毎日毎日新しい気持ちが生まれて行く中で、同じだけ失われていく自分の心を供養していきたかった。それも含めて、結局僕は自分のためにやってるんやなっていう根っこの部分に気づかされるんですよね」 ■今おっしゃったことは、今回のタイトルトラック“また今夜も眠れない僕らは”にすべて書かれていることだなと感じるんですけど。<世界よ終われ/そして新しい日々に新しい陽よ昇れ>という。ある種、このラインが彰馬くんが歌にしてきた世界のすべてなのかもしれないと思ったんですけど。 「やっぱり……自分には何もないんやなっていうことに気づいたんですよ。責任や覚悟を持てないまま、自分は何も知らないでここまでやってきたんやなって。で、唯一持っていた『青春』っていう武器も手放さないといけないところまで来てしまったと。そうなると本当に何もなくなってしまうんですけど、でも逆に、『何もない』を持ってるなと思ったんです。そう思った時に、何も持っていないことに気づける自分はなんでもできるっていうふうに捉えられたんですよ。きっと、『解散』っていう選択肢を持たないでやっていた時は、自分が持っていた若さという武器に自分自身が囚われていたんです。でも、それは確実に失われていくことも実感していって」 ■失われていったのは、具体的に言うとどういうものだったの? 「自分の中からヘイトがどんどんなくなっていったんですよ。あの時って何に怒ってたんやっけ?とか思ってしまって。僕は結構、あの頃よりも確実に大人になったと思うんですけど。その原因の一番はヘイトがなくなったことやと思っていて。怒るよりも、モヤモヤしていることを吐き出すよりも、なんとか収めることのほうを覚えてしまった。そうしてヘイトがなくなっていくことによって自分の音楽のエネルギーが消えてしまうんじゃないかっていうことが怖かったんですけど。でもそれと同時に手に入れたのが、『何もないからどこへでも行ける』っていう未来なんです」 ■今回の作品全体として、サウンドが一気に生々しく荒々しくなっていて、楽曲展開も一直線にぶっ放していくものが多いと感じたんですね。ここまで話してくれたことは、どういうふうにこの作品と音楽に反映されたと思っているんですか。 「それは大きな要因があって。千弘(細川千弘/Dr)はもっと構築的な音楽が好きで、ポストロックとかに影響を受けてきた人間なんですよ。だけど僕はこういう真っ直ぐで一直線なことをずっとやりたがってた。そうやって、人間的ではなく音楽の上ではぶつかり続けてきたんですね。だけど今回の作品は、僕自身が解散を意識した中で作り上げたアルバムなんですよ。だからこそ、千弘も最後に受け入れて、飲み込んでくれたんです。だから、全体として愚直さと言うか、一体感がある作品になったんですよね」 ■“また今夜も眠れない僕らは”とともにShout it Outの王道をとても愚直かつハードにやり切っている“鳴り止まない”がオープニングナンバーですが。これぞShoutという楽曲の上で<僕はギターを弾いて歌った/でも何も変わらなかった 何も変えられなかった>と。ある種、とても虚しい歌から始まりますよね。そこから<それでも僕らのロックンロールが 鳴り止むことはない>というふうに、最後の最後に未来を感じさせる歌になっていくのが、これまでとの違いのような気がするんです。 「ほんまにそうですよね。言ってみれば、未来っていうものをずっと睨みつけて歌ってきたバンドではあると思うんですよ。未来を意識するがあまり未来と喧嘩するようなバンドやった。だけどそれも、単に未来に対する不安を感じていただけであって。そこを、凄く純粋な気持ちで『Shout it Outは終わるけど、自分達の中で燃えているロックンロールっていうものは決して消えることはないんだ』って歌えたんですよね。……僕は、『俺達がいなくなっても俺達の楽曲は残り続けるから』って自分で言っちゃうのが嫌なんですよ。だって、そのバンドが終わった時点で楽曲は更新されてかないし、息をしなくなるから。その一方、楽曲自体は絶対に残り続けるっていう事実はある。それ以上に大事なのは、俺達のロックンロールは決して鳴り止まないから目を離さないでくれっていう気持ちなんです。マインド的な意味で、まだまだ心は燃えているっていうか。それを、ここまでシンプルに愚直に歌えたことって意外となかったと思うんですよ」 ■まさに。たとえば初期の頃っていうのはアジカンやバンプからの影響を強く感じていたし、オルタナティヴロック台頭以降のギターロックの王道をそのまま爆走していく音楽性だったと思うんです。 「はい、まさにそうですね」 ■だけど作品ごとに、もっと汗臭さだったり、フォークの湿り気だったりが強く滲むようになっていったと思うんですね。そういうShout it Outの音楽的な変遷としては、どういうものだったと捉えられてるんですか。 「最初の頃で言うと、僕はこのバンドに『歌ってくれ』っていうふうに誘われて入ったので、音楽的な部分はメンバー任せにしていたんですね。脱退したギターの露口仁也が曲を作ることも多かったし、初期の頃の僕らはメンバー全員で作り上げた音楽性やったと思うんですね。で、まさにバンプやアジカンからの影響は強かったと思うんですけど。ただ、実は僕個人はそういう音楽をまったく通ってこなかったんですよね」 ■そもそも、山内彰馬個人はどういう音楽に救われてきたんですか。 「“青年の主張”っていう曲で“深夜高速”の歌詞をオマージュさせていただいてる通り、やっぱりフラカン(フラワーカンパニーズ)は学生時代に死ぬほど聴いてました。あとは、銀杏BOYZも大好きでしたし、昭和のポップスもめっちゃ聴いてて。そういう歌謡曲にメロディの部分で影響を受けていたのは大きいと思います」 ■そういう音楽を好きになった原風景には、どういうものがあるの? 「僕が一番最初に影響を受けたのは、近くの公園で弾き語りをしているお兄ちゃんやったんですよ。幼稚園の時にあのお兄ちゃんに出会ったんですけど、あの人みたいになってみたくて、あの人が演奏していた曲が入ったCDを買って、その歌を練習して――っていうのが自分の一番の原点だったんですよね。だから、自分の元々の歌っていうのは、バンドよりもひとりで歌えるものだったんです」 ■じゃあ、“髪を切って”とか“さよならBABY BLUE”は、単に封印していた曲という以上に、彰馬くん自身の原風景や原点が出てきた楽曲だっていう言い方もできるんですかね。 「そうやと思います。その原点に戻ってきたというか。たとえば銀杏BOYZも、ライヴも楽曲もグワーッとなってますけど、メロディはほんまに美しいじゃないですか。そういう、フォークソング的なメロディの美しさにずっと惹かれてきた気がしますね。メロディが綺麗なものが好きやったし、英語じゃなくて日本語の歌が好きで。………あ、でも今思い出しましたけど、英語の歌でもフォークやったら聴けてましたね。ジョン・デンバーっていう70年代のフォークシンガーとか」 ■何故、英語でもフォークなら聴けたんだと思います? 「思い返すと……僕、小5から中2くらいまでの間に面白い体験をしてまして。何かっていうと、たとえば11歳なら11歳の子供を、国籍バラバラで40人くらい集めて、それを4人ずつのチームに分けて。そうやって国が違う同士の子供で1ヵ月くらい共同生活をするっていう、ある団体が主催していたイベントに参加してたことがあって。その思想としては、『小さい頃から外国に友達がいれば、その国に爆弾を落とせないよね』っていう目的があるものやったんですけど。とはいえ、国の違う子供が集まっても、言葉がわからないじゃないですか。僕は英語も話せなかったですし、英語圏じゃない国の子供もたくさんいて。だから大変やったんですけど、ジェスチャーとかで少しずつ仲よくなっていって。でね、寝る前にララバイの時間があるんですよ。ギター弾ける子がギターを弾いて、みんなで歌ってから寝るんです。で、そこで聴いていたのがジョン・デンバーだったりして。だから、英語の歌でもその辺は聴けてましたし、フォークのメロディが好きになったんやと思いますね」 ■今のお話からすると、歌っていうものは言葉以上に感情を共有できるものなんだっていう気持ちがそこで生まれたのかもしれないですよね。 「あー、そうですね! 俺はそこで歌の感動を知ったんやと思います。それは間違いないですね。やっぱりみんなで歌っているのが凄く楽しかったですし、歌やったら何かを共有できてるっていう感動があったので。ああ……そうです。っていうことは、やっぱり僕はバンドを辞められないなって思うんですよね。言葉を超えて人と通じ合えることに感動を覚えてるっていうことは、人と一緒に何かをするために自分は歌っているから。思い返してみても、何も言葉が通じなくても、みんなで歌う時間にだけは仲よくなれてたので。歌ってスゲぇなってその頃から思ってますね」 ■“鳴り止まない”のシンガロングにしろ、メロディそのものにしろ、歌の原風景がそのまま出てきている作品ですよね。 「そうですね。特にメロディの変化は自分でも感じていて。それに、どんどん自分好みのものが生まれてきていて。まあ、最後の最後にシンガロングを入れるっていうのは、ちょっとズルいのかもしれないんですけど……でも、ここで終わるんだったら、最後の最後まで痛快でありたいと思ってるんですよ。で、それを全力でやれたことが気持ちいいんです。この“鳴り止まない”を最後のツアーで歌って鳴らした時に、どんな光景が広がって、どんな気持ちになれるのか。それが楽しみですね」 ■わかりました。そして最後に、ベタで野暮な質問ではあるんですが、『また今夜も眠れない僕らは』というタイトルの意味を教えてください。 「そもそもの言葉の成り立ちとしては、この“また今夜も眠れない僕らは”っていう曲のタイトルが全然思いつかなくて、曲タイトルがないままライヴでやってたんです。それでこの間福岡でライヴをやった時に、本編でこの“また今夜も眠れない僕らは”をやったのが楽し過ぎて、アンコールでもまたやったんですよ。そしたら曲を始める時に、何か知らないけどバッと『また今夜も眠れない僕らは!』って叫んじゃったんですね。それが自分でもシックリきて、曲タイトルにも作品のタイトルにもなりました。……この“今夜も眠れない僕らは”っていう言葉は歌詞の中には出てこないんですけど、僕は『人生を1日にたとえると、20歳から22歳くらいのこの時期は夜明けに当たる』っていうどこかで聞いた話をうっすら覚えていて。だけど若者はいつの時代だって悩んでばっかりで、夜が明ける時に眠れないっていうのが若者を表す言葉だと思ったんですね。だから、ここでは『僕ら』っていう言葉を使えたと思うんですよ。最近やっと、大人の人にもいろいろあるっていうことがわかってきましたけど、悩み続けているのは若者だけだって、まだどこかで思っていて。そういう若者を繋ぐ言葉として『眠れない夜』があって欲しかったし、それを共通言語にして音楽に集まって欲しかった」 ■この“また今夜も眠れない僕らは”っていう歌の中では、何を悩んでいるかは歌っていないじゃないですか。それはきっと、悩みなんて人それぞれでわからないものだからだと思うんですけど。だし、彰馬くん自身も、何に悩んでいるのかわからないし、答えはきっとないものなんだっていうことを歌にしてきたと思うんですよ。だからこの“また今夜も眠れない僕らは”っていう歌は、ド直球な楽曲であることも含めて、Shout it Out自身みたいな曲だなと感じました。 「ああ……そうかもしれないですね。それに、ここまでやってきたことすべてをここに注ぎ込もうっていう気持ちは明確にありました。だから、これを持ってワンマンツアーをするのが凄く楽しみなんです。今日話してくれたこともありますし、心残りが一切ないような全力のライヴをしたいなって思ってます」 ■わかりました。そして最後の質問になるんですが。やっぱりここまでの歩みを共にしてきた千弘くんという仲間がいたことが彰馬くんにとっては大きかったと思うし、その絆によって踏ん張ってこられたところがあったと思うんです。そういう意味で、彰馬くんにとっての千弘くんとは、どんな仲間なんだと思いますか。 「僕らはきっと、その辺のバンドよりもだいぶ仲がいいと思うんですよ。休みの日もふたりだけでいるような感じだったので。ぶつかり合うのも、音楽性の上だけで。しかも、音楽の上でぶつかり合うことも全然苦じゃなかったんですよ。そこから生まれる新しいものがあるから。だからもう、バンドという絆とか、仲間がいて救われたとかの次元じゃなく、Shout it Outというバンドをやってきたことの一番の財産とは『細川千弘という友達ができたこと』やと思っていて。これから一生、お互いに音楽を続けていくと思うんですけど。それで別々にやったとしても、何かあったらきっと僕は千弘に電話してしまうでしょうし(笑)。このまま最後まで何事もなくいけば、一生の友達のまま終わるので……こうして一生の友達ができたことが、僕の音楽人生の一番の宝物です」 ■繰り返しの質問になるけど……そんな大事な友達と一緒に作った部屋も、やっぱり出ていかなくちゃいけないんだ? 「はい。逆に、千弘がいるからどこへ行っても大丈夫だと思えるんです。これまで千弘と一緒にいた部屋をふたり同時に出れば、広い意味で、ふたりが離れることはないんです。同じバンドでなくなるだけで、これから彼と離れることはない。だから、何かを失うっていう感覚もないんですよ」 ■皮肉なもので、自分の大事なものを守るための防護シェルターを作ってそこに閉じこもると、結局は孤独になって、より一層仲間や友達の存在を知ってしますよね。そういう過程が凄く生々しく描かれたバンドドキュメンタリーがShout it Outだった気がします。 「本当にそういう6年だったなあと思いますね(笑)。それに、ここまで喋っておいてなんなんですけど……きっと青春はなくならないものだっていうこともわかってるんです。青春を歌ってはきましたけど、きっと僕が引き延ばしてきたのはただの10代だったと思うんですよ。青春というレールの上で10代を延長してきただけなので、形が変わったとしても僕は青春のレールの上を歩き続けるんやと思ってます。どんどん他の人と触れ合ったり、ひとりでも歌ってみたり、新しいことにどんどんトライしたいと思えてますね。。そのためにはまず、残された期間でこのバンドを今よりもいい形に持って行かなきゃだめだと思ってます。ここまで一緒に歩いてきたメンバーやスタッフと、まだやれることがある。想像もできなかったようなものを、最後のツアーで作りたい。自分にはその使命と自信があるんですよ。なぜならそれは、僕がShout it Outというバンドを一番愛しているから」