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2018.7.18 Posted

山内彰馬 (Vo/Gt) ソロ・ロングインタビュー

「形が変わったとしても僕は青春のレールの上を歩き続けるんやと思ってます。」

 

■6月5日に発表された唐突過ぎるニュースに、未だ戸惑っているリスナーの方々も多いことだろう。『また今夜も眠れない僕らは』と冠されたミニアルバムが7月18日にリリースされること。そして、秋までのワンマンツアーでもってバンドは解散するということ。端的に言えば、このインタヴューはその真相を洗いざらい語ってもらうためのものだ。

しかし同時に、Shout it Outは何をガソリンにしてきたバンドで、今に何を遺そうとしたバンドだったのかを位置づけるインタヴューでもある。これを読んでいる方なら既にわかっているだろうが、Shout it Outとは、人の青春とは何かをそのまま体現してきたバンドだ。先の見えない未来へと急かされることへの焦燥と、不安。それらの象徴としての大人と、まだ青いままの自分の心と……その狭間でもがき苦しむ様をそのまま実況生中継してきたようなバンドなのである。その上で彼らが特異だったのは、多くの人が通り過ぎてみて初めて認識するであろう「あれは青春だったのだ」という感覚を、その渦中で「これが青春なんだ」と自覚して取っ組み合っていたこと。それが彼らを位置づけるバンドイメージになった一方、率直に書けば、あまりに刹那的なガソリンだったとも思う。だからこそ一瞬の火花のように煌めいた歌と音楽だったし、それはこれからも人の心の中で消えないものだ。

確かにShout it Outとしては最後の作品のインタヴューであり、バンド人生の第一章を総括する一旦のエンディング語録だ。だけど、彼らの日々はまだまだ続いていくし、その未来のためのテキストというつもりで洗いざらい語ってもらった。

どうか、彼らの背中を押して送り出すように読んでください。

 

取材・文 / 矢島 大地(MUSICA)

 

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■6月5日に、Shout it Outを終わらせることが発表されました。8月10日までのワンマンツアーを一気に駆け抜けると思うし、Shout it Outの彰馬くんとしてのインタヴューは、おそらくこれが最後になると思うんですけど。そういう今の心境から教えてもらってもいいですか。

 

「こういう言い方をしたら怒られるのかもしれないですけど、凄く楽しみなんです。何が楽しみかって言うと、最後にいい作品が作れたし、それをリリースしてのツアーも初めてのワンマンツアーなので、純粋にそれがワクワクするんです。で、これが一番怒られるポイントやと思うんですけど……6年間やってきたことを終わらせてしまうのが楽しみなんです」

 

■それは、砂場で一生懸命作った砂の城をぶっ壊す快感に近い?

 

「ああ、そういう感じです。終わらせることで何か新しいものが始まるんじゃないかっていう予感があるから、それが楽しみで」

 

■とはいえ、6年間情熱を注ぎ込んだものを終わらせるのは相当の覚悟と理由が要ると思うし、去年3月の『青年の主張』という作品はまさに、自分の中の大人への嫌悪を少しずつ赦していこうとするアルバムだったわけで。そうして新しいタームに入っていく予感に満ちた1年間があったにもかかわらずバンド解散という選択をしたのは意外だったし、惜しいとも思っていて。なので、ここで改めてShout it Out解散という結論に至った理由を彰馬くん自身の口から教えていただいてもいいですか。

 

「一番大きな原因としては、僕自身が一度今の自分と別れて、それによって次に進みたくなったというか。そもそもバンド解散について考え始めたのは、去年『青年の主張』をリリースした直後ぐらいやったんです。で、その頃は『もしかして自分は新しいことがしたいのかもしれない』っていう予感ぐらいで、それによって『解散もあり得るんじゃないか』っていう発想が頭の中に出てきて。それは別にソロシンガーになりたいっていうことでもなく、バンドとして新しく始めたいっていう気持ちやったんです。『6年やってきたことを終わらせる楽しみもある』っていう気持ちの中には、Shout it Outと6年間向き合ってきた自分が新しいものを始めたらどんなものが生まれるんだろう?っていうワクワクも含まれていて。そういう好奇心が抑えられなくなったんですよね。それで、いよいよ解散を決断して正式に周囲に伝えたのが今年の2月頃でした」

 

■なるほど。Shout it Outは彰馬くんが10代の時から始まったバンドだということも含め、自分の中の少年性に語り掛けたり、自分の青春を手放さない方法を模索したり、っていうのが彰馬くんの歌のテーマになってきたのは変わらなかったと思うんですね。だけど発想としては、大人になっていく自分も受け入れながら、その人生を音楽と同期して更新していくっていうことも正直にできるのがロックバンドだったりするじゃないですか。

 

「そうですよね。まさにそう思います」

 

■だけど彰馬くんはそのバンドを終わらせる選択をした。その理由は、今のお話を聞く限り、わかる部分もあるし、わからないところもあって。

 

「これもまた僕のわがままな話になるんですけど、Shout it Outって、僕がギリギリ19歳の時にメジャーデビューしたんですね。その時の自分は、青春の中にいるっていうことや、大人になっていくことへのモヤモヤを歌にするっていう闘い方しか知らなかったんですよ。それがこのバンドのイメージになっていたと思うし、その術しか知らないまま世に出てしまって。で、その世間からのイメージ以上に、僕自身がShout it Outに対して『青春を歌にしていくバンド』っていうイメージに縛られてしまって。だから、いつしかShout it Outは僕の青春を体現するためだけのものになってしまったんです。だから今振り返れば、この解散は、そのイメージしか知らないまま世に出て行った時に決まり切っていたことなのかな?って思うんですよ。それに、Shout it Outのオリジナルメンバーとして6年ずっとやってきたのはもう僕しかいないし、そういう人間からすると、自分が大人になるためにShout it Outをこねくり回してどうにかなってしまうくらいなら、一番綺麗な時に終わらせてあげたかったんです」

 

■彰馬くん自身も言ってくれた通り、Shout it Outの音楽と歌のテーマとしては、未来がモヤモヤとしている不安だったり、その象徴としての大人だったりに対峙して心の内を叫んでいくもので変わってこなかったと思うんですね。それは作品を出すごとに、愚直で切実な音楽に映っていったと感じているんですが。彰馬くん自身は、このバンドはどういうふうな歩みを辿ってきたと思っているんですか。

 

「きっと『青春を歌う』っていうことに対して、ここまでやれた!っていう自信をShout it Outに対して持てていなければ、ここでは終わらないと思うんですね。20歳になって2年が経ったのが今ですけど……自分にとっては、10代を引き延ばすのは2年がギリギリだったっていう感覚が近いんです。だから言ってみれば、まったく歩むことなく、ずっと同じ場所にい続けることだけを模索してきたバンドなんやと思っていて。で、それは今振り返ってみても間違っていなかったと思うんですよ。ずっとずっと同じところから歌っていたし、そこにいるために歌ってたんやなあって」

 

■たとえば『青年の主張』の“影と光”は、フレーズにしろメロディにしろ泣きの強いもので。そういう曲で<自ら一人を選んだくせに/寂しさを世界のせいにした>、<これで人の醜さに/触れることなく生きてゆけると>、<孤独の中で出会いを知って 壁の中で人を想った/傷が癒えないのは 忘れちゃいけないものがあるからだ>と歌われていた。今言っていただいたように、自分で自分の部屋から動かないために叫んでいたというか。

 

「本当にそうやと思います(笑)。ずっと同じところにいたくて、だんだん自分が大人になってきたと感じたことで、壁を作らなきゃいけなくなっていって。で、その当時は特に、<これで人の醜さに/触れることなく生きてゆけると>っていうことを考えてたんだと思うんですけど……じゃあなんで壁を作って閉じこもろうとしてきたかって言うと、やっぱり自分の好きなものを守りたかったんです」

 

■守りたかったもの、一番好きなものって、具体的に言うとどういうものだったんでしょうね。

 

「歌を歌って人に聴いてもらえる環境っていうのが一番大事で、一番好きなものでした。結局は自分のことが一番好きだから、それを大切にしてくれる周りの人だったり、言葉を選ばずに言うと自分を満足させてくれる人やったりを大事にするというか。ライヴやったら目の前で自分の歌への人の反応が見えるわけじゃないですか。僕からしてみれば、あんなに気持ちいい環境はないんです(笑)。自分勝手な歌を人に歌って、それで自分が満足できる。だから、ただただ自分が幸せになる環境を大事にしたかったんやと思うし、それを突き詰めたら、やっぱり自分にとって一番守りたかったのは音楽やったと思いますね。それを誰にも邪魔されたくなかった」

 

■自分を好きか嫌いかは人によって違うかもしれないけど、きっと自分のことが一番大事で最優先なのは誰もが一緒だろうなって思うんです。そういう意味で、自分以外のことに無責任でいいし自由でいいしっていう免罪符を手に入れられて、そもそも音楽的にも一番寛容なもので、っていうのがロックバンドで。それが彰馬くんがこうしてロックバンドをやり続けてきた理由なのかもしれないなって今思ったんですけど。

 

「ああ、そうですね! 自分が好きなバンドを観たり聴いたりしてると、覚悟とか責任とかが見えてくるのがカッコいいとは思うんですよ。だけど、僕自身はそれを背負うっていうことを自覚したことがなくて。たとえばメンバーが脱退した時には『責任を負う』とか『覚悟を持っていく』とか口にしていたと思うんですけど……それもきっと、責任を負う気でいただけだった。だからきっと、僕が無責任でいられるShout it Outという環境が心地よかったんやろうなって思いますね」

 

■ここからは少し見方を変えて訊きますね。やっぱりこのバンドに自分の人生を重ねてきたリスナーもいるし、このバンドに愛を注いで守ろうとしてきたスタッフや仲間の人達は実際にいますよね。このバンドをやればやるほど、そうやって愛を受け取ってきた自覚が彰馬くんにも芽生えてきて、ただ自分勝手なだけではいられないし、ただのぬるま湯に浸かっているだけではダメだっていう気持ちが生まれたからこそShout it Outという居心地のいい場所を出て行く決断した部分もあるんですか。

 

「………次に進むという決断をして、その決断をした上で今思うのは、『こうして解散という決断をしたということは、いずれ自分自身で覚悟を持ってやれる』っていう確信を持てたんですよ。このバンドを辞める理由はこれまで説明しましたけど、きっと、それに自分で気づかないふりをしていたら続けることもできたと思う。だけど解散するっていう決断ができたということは、これから、周囲の大事なものに対する覚悟や責任が生まれていく兆候なのかなっていう気がしていて。……きっとロックバンドはいつまでも無責任なものでいいとは思いつつ、だけど大事なものや好きな音楽があるなら、それを守れるくらいの覚悟とか責任は形成していかなきゃって。僕は19歳でメジャーデビューして、それより少し前には事務所の人に見つけてもらえていて。そこで自分のコンプレックスになってきたのは、『自分で何もしてこなかったから、自分だけでは何もできない』っていうことだったんですよ。もちろん曲を作ってはきましたけど、曲を作るっていうことだけに頼ってしまっていたから、このバンドを大事にしてくれている人達のことに責任が持てないまま来て。そうやって、自分が作ったものを自分で動かせていないっていう部分にコンプレックスがあったし、責任感っていうことからも遠いままやったのも、それが大きい気がするんです。それを、ちゃんと自分の責任と覚悟で動かしたくなった。それが解散の理由のひとつであることは間違いないなって思います。だから、6月5日に解散を発表する時、『解散を発表したら俺はどんな気持ちになるんやろ?』っていうのが自分としても見当がつかなかったんですけど」

 

■発表して、何を感じましたか。

 

「いざ発表してみたら、僕自身は凄く気持ちよくて(笑)」

 

■(笑)落胆した人達もたくさんいるのはもちろんわかった上ですよね?

 

「もちろんです。それに対しては、僕のせいで振り回してしまったなとは思うんですけど……でも、その気持ちよさが何かって言ったら、『やっぱり自分の人生は自分で握ってるやん』っていう実感やったんです。『ずっと忘れてたけど、自分の人生って自分で決められるやん!』って」

 

■自分で舵を切れたことへの気持ちよさだったんだ。

 

「そうなんですよ。ああ、自分でやれてしまった!っていう。だからこそ、これから自分でイチから環境を作って始められるんだっていう気持ちがどんどん強くなっていって。それに、自分で決めて作って行く道だからこそ覚悟は持てるんやろうなって。今はそう思うんです」

 

■責任や覚悟っていうものは、成人っていうシステムだったり大人だったりに押し付けられるものではなくて、自分で気づいていくべきものだよね。

 

「まさにそうで、自分が大人っていうものを嫌って歌にしていた理由もそこにあると思うんですよ。責任や覚悟っていうものを説かれても、何もわからないんですよ。それに、好きなミュージシャンが責任や覚悟の歌を歌っていても、わからない。今僕は22歳ですけど、同い年の連中はちょうど就職活動をやっていて、会社が決まり始めている頃で。それで話していても、みんな自覚なんてないんですよ。『働くんかぁ』くらいしかイメージできない。やっぱり僕達は、気持ちが10代のまま社会に引き上げられているだけなんやなって。だけど自分の意志で解散を発表した時に、自分がようやく大人になれたのかもしれないなと思いました。自分でやることは自分でケツ拭けよ、なんて当然のことも、人に言われているだけじゃ理解できなかったことだと思うんですけど……それが自分から発信したことによって、大人になることの意味が跳ね返ってきた感覚でしたね」

 

■そして、その上でまだまだ音楽を続けていきたいしバンドをやりたいっていう気持ちも燃え上がっているわけじゃないですか。それは、音楽というものがご自身にとってどういうものだからなんですか。

 

「よく『音楽は生活の一部だ』って言う人がいるじゃないですか。だけど僕は、それが信じられなくて。曲を作る時は絶対に生みの苦しみがあるはずだって思ってたから、生活の中でふっと生まれてきちゃうっていうのが信じられなかったんですよ。そもそも、Shout it Outを始めた時も『ギター持って歌ってくれ』って言われてバンドに入ったから、歌以外にギターを弾くことも全然好きではなかったんですね。……そんな僕が最近、6年やってきた中でやっと、凄くサラッと日常生活の中でメロディが降りてくること増えて。今回の作品で言うと、“さよならBABY BLUE”はまさにそういう曲で。“鳴り止まない”や“また今夜も眠れない僕らは”は、Shout it Outがライヴで鳴らすための曲を作ろう、と思って作ったので、また違うんですけど。あと、“髪を切って”は昔のストックから引っ張ってきた曲なので記憶は曖昧なんですけど、確か、日常の中でサラッと生まれてきたような曲だったと思いますね。たぶん、“さよならBABY BLUE”とか“髪を切って”は、いい意味でバンドじゃなくてもいい曲やと思うんですよ」

 

■まさに。生活の中から生まれてきたと言われた曲ほど、弾き語りでも成立するようなフォーキーなメロディになっているのが面白い。

 

「やっとミュージシャンになれたっていうことなんですかね(笑)。やっと音楽が自分に染みついたというか。これをしたいというより、自然に出てきてしまうようになったから、それを形にするのが凄く楽しいんです。だから、これからも音楽をやっていきたいと思えているんやと思います」

 

■先ほどの話にも通じますが、彰馬くん自身が、Shout it Outというイメージから解き放たれたことによって、音楽に素直になれたとも言える?

 

「ああ、そうですね。解散を自分自身で決断したことで、こうでなければいけないっていうのがなくなった瞬間、凄く自然に音楽が生まれてくるようになって。音楽が好きやから音楽を死ぬまで続けようと思っていたのが、きっと死ぬまでやるんやろうなって思うようになってきて。そこまで意気込まなくても、自分の持っているものを自然に形にしていけるっていう感覚が生まれてきたんです。……逆に言うと、これまでは、自分の中で閉めてたドアがみっつぐらいあったんやろうなと思うんですよ」

 

■そのみっつのドア、それぞれの種類を教えてもらっていいですか。

 

「ひとつは、自分自身でShout it Outをやるために閉めておいたほうがいいなって思ったドア。もうひとつは、メジャーデビューよりも前に環境によってに閉められたドアですね。それからもうひとつは、メジャーデビュー前の自分が向き合うには問題がデカ過ぎて、向き合わないまま閉めてきたドアがあるんですよ。それでたぶん、Shout it Outを解散すると決断した時点で、Shout it Outをやるにあたっては閉めておいたほうがいいと思っていたドアを開けるわけじゃないですか。そしたらいろんな制限とかこだわりがどうでもよくなって、自分から出てくるものを何でも形にできてしまうんですよね。そこにワクワクや可能性を感じられているんやと思います」

 

■それで言うと、さっき言われたみっつのドアの中には、何が入っていたのかを具体的に教えてもらえますか。

 

「ひとつ目のドアで言うと、Shout it Outのその他全部というか。Shout it Outの大きなテーマにそぐわないなと思うことは、無意識のうちにドアの向こうに閉じ込めてきたんですよ。それで、ふたつ目の『環境によって閉められたドア』の中には……『考えること』を閉じ込めてたんやと思います。特に最初の頃は、結構『こういう曲を書こう』っていうふうに言われることが多くて。それで歌詞を全部書き直したりとか。そしたら今度は、そこに100%で向き合っていくと疲弊してしまうから力加減を覚えてしまったんですね。そこが自分の甘さやったと思うんですけど」

 

■OKが出るように曲を書いちゃう、みたいな。

 

「まさに。それからみっつ目のドア――当時の山内少年が閉めてしまったドアが今回の話にすべて繋がるんですけど、それが『自分の運命は自分が握っている実感』を閉じ込めてたドアなんですよ。で、解散っていう形でそのドアを開けてみた時に初めて、自分の人生を自分で決めていける実感がようやく生まれてきたんですよ」

 

■そもそも、人生は自分で決められるっていう実感すら閉じ込めていたのは何故なんですか。

 

「きっと、当時17歳くらいの自分は舞い上がってしまってたんやと思います。大人のスタッフの方がついてくれて、このバンドを評価してくれて――そこで、この人と一緒にいれば大丈夫っていう気持ちがだんだん『その人の後ろに回っていれば大丈夫』みたいな感じになってしまってたんですよね。そしたらやっぱり、自分で舵をとるっていうことを置いておいてしまってた。それが大きかったんやと思います」

 

■たとえば歌詞や曲の方向性っていう部分では自分で制御することを覚えてしまったかもしれないけど、歌うことに関してはどうだったんですか。初めてインタヴューした時に歌をどう捉えているのか伺ったら、「アーでもウーでも、そこに感情が無濾過で乗っていればいいんだ」とおっしゃっていたんですけど。そういう歌の大事さは変わってこなかったと思います?

 

「はい。そこは絶対に変わってこなかったですし、歌詞やメロディっていう部分以上に、やっぱり歌うっていうことだけは譲れなかったんですよね。それに、歌うっていうことが大事だからこそShout it Outはここまで続いてきたんやと思いますね。やっぱり、歌っている間はいろんなことがどうでもよくなってしまうんです。で、ここ1年くらい、自分自身と向き合うことができるようになったら歌うことがまた楽しくてしょうがなくて。それを死ぬまで続けていくために、もう一度イチからバンドを始めるのもいいなって思ってるんですよね」

 

■歌うことが一番大事なんだけど、それは絶対バンドでありたいっていうのは何故なんですか。

 

「これは至極単純な理由で、気の合うヤツと一緒にステージに立って大きい音を鳴らす気持ちよさを知ってしまうと、もう止められないんですよ(笑)。こんなに気持ちいいことある?って」

 

■こうして対面して会話する以上に、音と音を合わせるほうが人と心が通う、みたいな感覚も彰馬くんの中にはあったりするんですか。

 

「そうですね、それはめちゃくちゃあると思います。でも、なんなんでしょうね? マジで気持ちいいんですよ。セッションでは決してないけど、ここでこの音があって、ここにキメがあって、みたいにあらかじめ決められた曲をやっているだけではあるんですけど、そこで音が合っていくごとに奇跡を感じてしまう。そういう奇跡は音楽からしか感じたことがないんです。だから、もし僕にひとつ才能があるならば……音楽から感じられる快感を人一倍多く受け取れるっていう才能やと思うんですよ(笑)」

 

■すぐキマれると(笑)。

 

「そうなんですよ(笑)。生きていて何も考えなくていい瞬間って、ほんまにライヴの間しかなくて。これはそもそも民族学的な音楽の原点、みたいな話になりますけど、辛さや痛みを抱えながら神にすがって、っていうのが歌とか音楽になっていったと思うんですよね」

 

■祈りですよね。

 

「そうやってすべてを忘れてしまうためのものが音楽やし、胡散臭い言い方ですけど、僕にとっての神は音楽なんです。それだけを見つめていられる時間は音楽の中、ライヴの中にしかないんですよ。自分にとっての信仰と向き合える時間やなって思います。だから、ああやって人と音を合わせるバンドという形に惹かれ続けてるんやと思います」

 

■人って、痛みや苦しみを供養するようにして信仰と祈りを捧げるじゃないですか。そういう意味で言うと、彰馬くんが音楽によって浄化・供養したかった痛みや苦しみは、どういうものなんですか。

 

「うーん………自分自身ですね。毎日毎日新しい気持ちが生まれて行く中で、同じだけ失われていく自分の心を供養していきたかった。それも含めて、結局僕は自分のためにやってるんやなっていう根っこの部分に気づかされるんですよね」

 

■今おっしゃったことは、今回のタイトルトラック“また今夜も眠れない僕らは”にすべて書かれていることだなと感じるんですけど。<世界よ終われ/そして新しい日々に新しい陽よ昇れ>という。ある種、このラインが彰馬くんが歌にしてきた世界のすべてなのかもしれないと思ったんですけど。

 

「やっぱり……自分には何もないんやなっていうことに気づいたんですよ。責任や覚悟を持てないまま、自分は何も知らないでここまでやってきたんやなって。で、唯一持っていた『青春』っていう武器も手放さないといけないところまで来てしまったと。そうなると本当に何もなくなってしまうんですけど、でも逆に、『何もない』を持ってるなと思ったんです。そう思った時に、何も持っていないことに気づける自分はなんでもできるっていうふうに捉えられたんですよ。きっと、『解散』っていう選択肢を持たないでやっていた時は、自分が持っていた若さという武器に自分自身が囚われていたんです。でも、それは確実に失われていくことも実感していって」

 

■失われていったのは、具体的に言うとどういうものだったの?

 

「自分の中からヘイトがどんどんなくなっていったんですよ。あの時って何に怒ってたんやっけ?とか思ってしまって。僕は結構、あの頃よりも確実に大人になったと思うんですけど。その原因の一番はヘイトがなくなったことやと思っていて。怒るよりも、モヤモヤしていることを吐き出すよりも、なんとか収めることのほうを覚えてしまった。そうしてヘイトがなくなっていくことによって自分の音楽のエネルギーが消えてしまうんじゃないかっていうことが怖かったんですけど。でもそれと同時に手に入れたのが、『何もないからどこへでも行ける』っていう未来なんです」

 

■今回の作品全体として、サウンドが一気に生々しく荒々しくなっていて、楽曲展開も一直線にぶっ放していくものが多いと感じたんですね。ここまで話してくれたことは、どういうふうにこの作品と音楽に反映されたと思っているんですか。

 

「それは大きな要因があって。千弘(細川千弘/Dr)はもっと構築的な音楽が好きで、ポストロックとかに影響を受けてきた人間なんですよ。だけど僕はこういう真っ直ぐで一直線なことをずっとやりたがってた。そうやって、人間的ではなく音楽の上ではぶつかり続けてきたんですね。だけど今回の作品は、僕自身が解散を意識した中で作り上げたアルバムなんですよ。だからこそ、千弘も最後に受け入れて、飲み込んでくれたんです。だから、全体として愚直さと言うか、一体感がある作品になったんですよね」

 

■“また今夜も眠れない僕らは”とともにShout it Outの王道をとても愚直かつハードにやり切っている“鳴り止まない”がオープニングナンバーですが。これぞShoutという楽曲の上で<僕はギターを弾いて歌った/でも何も変わらなかった 何も変えられなかった>と。ある種、とても虚しい歌から始まりますよね。そこから<それでも僕らのロックンロールが 鳴り止むことはない>というふうに、最後の最後に未来を感じさせる歌になっていくのが、これまでとの違いのような気がするんです。

 

「ほんまにそうですよね。言ってみれば、未来っていうものをずっと睨みつけて歌ってきたバンドではあると思うんですよ。未来を意識するがあまり未来と喧嘩するようなバンドやった。だけどそれも、単に未来に対する不安を感じていただけであって。そこを、凄く純粋な気持ちで『Shout it Outは終わるけど、自分達の中で燃えているロックンロールっていうものは決して消えることはないんだ』って歌えたんですよね。……僕は、『俺達がいなくなっても俺達の楽曲は残り続けるから』って自分で言っちゃうのが嫌なんですよ。だって、そのバンドが終わった時点で楽曲は更新されてかないし、息をしなくなるから。その一方、楽曲自体は絶対に残り続けるっていう事実はある。それ以上に大事なのは、俺達のロックンロールは決して鳴り止まないから目を離さないでくれっていう気持ちなんです。マインド的な意味で、まだまだ心は燃えているっていうか。それを、ここまでシンプルに愚直に歌えたことって意外となかったと思うんですよ」

 

■まさに。たとえば初期の頃っていうのはアジカンやバンプからの影響を強く感じていたし、オルタナティヴロック台頭以降のギターロックの王道をそのまま爆走していく音楽性だったと思うんです。

 

「はい、まさにそうですね」

 

■だけど作品ごとに、もっと汗臭さだったり、フォークの湿り気だったりが強く滲むようになっていったと思うんですね。そういうShout it Outの音楽的な変遷としては、どういうものだったと捉えられてるんですか。

 

「最初の頃で言うと、僕はこのバンドに『歌ってくれ』っていうふうに誘われて入ったので、音楽的な部分はメンバー任せにしていたんですね。脱退したギターの露口仁也が曲を作ることも多かったし、初期の頃の僕らはメンバー全員で作り上げた音楽性やったと思うんですね。で、まさにバンプやアジカンからの影響は強かったと思うんですけど。ただ、実は僕個人はそういう音楽をまったく通ってこなかったんですよね」

 

■そもそも、山内彰馬個人はどういう音楽に救われてきたんですか。

 

「“青年の主張”っていう曲で“深夜高速”の歌詞をオマージュさせていただいてる通り、やっぱりフラカン(フラワーカンパニーズ)は学生時代に死ぬほど聴いてました。あとは、銀杏BOYZも大好きでしたし、昭和のポップスもめっちゃ聴いてて。そういう歌謡曲にメロディの部分で影響を受けていたのは大きいと思います」

 

■そういう音楽を好きになった原風景には、どういうものがあるの?

 

「僕が一番最初に影響を受けたのは、近くの公園で弾き語りをしているお兄ちゃんやったんですよ。幼稚園の時にあのお兄ちゃんに出会ったんですけど、あの人みたいになってみたくて、あの人が演奏していた曲が入ったCDを買って、その歌を練習して――っていうのが自分の一番の原点だったんですよね。だから、自分の元々の歌っていうのは、バンドよりもひとりで歌えるものだったんです」

 

■じゃあ、“髪を切って”とか“さよならBABY BLUE”は、単に封印していた曲という以上に、彰馬くん自身の原風景や原点が出てきた楽曲だっていう言い方もできるんですかね。

 

「そうやと思います。その原点に戻ってきたというか。たとえば銀杏BOYZも、ライヴも楽曲もグワーッとなってますけど、メロディはほんまに美しいじゃないですか。そういう、フォークソング的なメロディの美しさにずっと惹かれてきた気がしますね。メロディが綺麗なものが好きやったし、英語じゃなくて日本語の歌が好きで。………あ、でも今思い出しましたけど、英語の歌でもフォークやったら聴けてましたね。ジョン・デンバーっていう70年代のフォークシンガーとか」

 

■何故、英語でもフォークなら聴けたんだと思います?

 

「思い返すと……僕、小5から中2くらいまでの間に面白い体験をしてまして。何かっていうと、たとえば11歳なら11歳の子供を、国籍バラバラで40人くらい集めて、それを4人ずつのチームに分けて。そうやって国が違う同士の子供で1ヵ月くらい共同生活をするっていう、ある団体が主催していたイベントに参加してたことがあって。その思想としては、『小さい頃から外国に友達がいれば、その国に爆弾を落とせないよね』っていう目的があるものやったんですけど。とはいえ、国の違う子供が集まっても、言葉がわからないじゃないですか。僕は英語も話せなかったですし、英語圏じゃない国の子供もたくさんいて。だから大変やったんですけど、ジェスチャーとかで少しずつ仲よくなっていって。でね、寝る前にララバイの時間があるんですよ。ギター弾ける子がギターを弾いて、みんなで歌ってから寝るんです。で、そこで聴いていたのがジョン・デンバーだったりして。だから、英語の歌でもその辺は聴けてましたし、フォークのメロディが好きになったんやと思いますね」

 

■今のお話からすると、歌っていうものは言葉以上に感情を共有できるものなんだっていう気持ちがそこで生まれたのかもしれないですよね。

 

「あー、そうですね! 俺はそこで歌の感動を知ったんやと思います。それは間違いないですね。やっぱりみんなで歌っているのが凄く楽しかったですし、歌やったら何かを共有できてるっていう感動があったので。ああ……そうです。っていうことは、やっぱり僕はバンドを辞められないなって思うんですよね。言葉を超えて人と通じ合えることに感動を覚えてるっていうことは、人と一緒に何かをするために自分は歌っているから。思い返してみても、何も言葉が通じなくても、みんなで歌う時間にだけは仲よくなれてたので。歌ってスゲぇなってその頃から思ってますね」

 

■“鳴り止まない”のシンガロングにしろ、メロディそのものにしろ、歌の原風景がそのまま出てきている作品ですよね。

 

「そうですね。特にメロディの変化は自分でも感じていて。それに、どんどん自分好みのものが生まれてきていて。まあ、最後の最後にシンガロングを入れるっていうのは、ちょっとズルいのかもしれないんですけど……でも、ここで終わるんだったら、最後の最後まで痛快でありたいと思ってるんですよ。で、それを全力でやれたことが気持ちいいんです。この“鳴り止まない”を最後のツアーで歌って鳴らした時に、どんな光景が広がって、どんな気持ちになれるのか。それが楽しみですね」

 

■わかりました。そして最後に、ベタで野暮な質問ではあるんですが、『また今夜も眠れない僕らは』というタイトルの意味を教えてください。

 

「そもそもの言葉の成り立ちとしては、この“また今夜も眠れない僕らは”っていう曲のタイトルが全然思いつかなくて、曲タイトルがないままライヴでやってたんです。それでこの間福岡でライヴをやった時に、本編でこの“また今夜も眠れない僕らは”をやったのが楽し過ぎて、アンコールでもまたやったんですよ。そしたら曲を始める時に、何か知らないけどバッと『また今夜も眠れない僕らは!』って叫んじゃったんですね。それが自分でもシックリきて、曲タイトルにも作品のタイトルにもなりました。……この“今夜も眠れない僕らは”っていう言葉は歌詞の中には出てこないんですけど、僕は『人生を1日にたとえると、20歳から22歳くらいのこの時期は夜明けに当たる』っていうどこかで聞いた話をうっすら覚えていて。だけど若者はいつの時代だって悩んでばっかりで、夜が明ける時に眠れないっていうのが若者を表す言葉だと思ったんですね。だから、ここでは『僕ら』っていう言葉を使えたと思うんですよ。最近やっと、大人の人にもいろいろあるっていうことがわかってきましたけど、悩み続けているのは若者だけだって、まだどこかで思っていて。そういう若者を繋ぐ言葉として『眠れない夜』があって欲しかったし、それを共通言語にして音楽に集まって欲しかった」

 

■この“また今夜も眠れない僕らは”っていう歌の中では、何を悩んでいるかは歌っていないじゃないですか。それはきっと、悩みなんて人それぞれでわからないものだからだと思うんですけど。だし、彰馬くん自身も、何に悩んでいるのかわからないし、答えはきっとないものなんだっていうことを歌にしてきたと思うんですよ。だからこの“また今夜も眠れない僕らは”っていう歌は、ド直球な楽曲であることも含めて、Shout it Out自身みたいな曲だなと感じました。

 

「ああ……そうかもしれないですね。それに、ここまでやってきたことすべてをここに注ぎ込もうっていう気持ちは明確にありました。だから、これを持ってワンマンツアーをするのが凄く楽しみなんです。今日話してくれたこともありますし、心残りが一切ないような全力のライヴをしたいなって思ってます」

 

■わかりました。そして最後の質問になるんですが。やっぱりここまでの歩みを共にしてきた千弘くんという仲間がいたことが彰馬くんにとっては大きかったと思うし、その絆によって踏ん張ってこられたところがあったと思うんです。そういう意味で、彰馬くんにとっての千弘くんとは、どんな仲間なんだと思いますか。

 

「僕らはきっと、その辺のバンドよりもだいぶ仲がいいと思うんですよ。休みの日もふたりだけでいるような感じだったので。ぶつかり合うのも、音楽性の上だけで。しかも、音楽の上でぶつかり合うことも全然苦じゃなかったんですよ。そこから生まれる新しいものがあるから。だからもう、バンドという絆とか、仲間がいて救われたとかの次元じゃなく、Shout it Outというバンドをやってきたことの一番の財産とは『細川千弘という友達ができたこと』やと思っていて。これから一生、お互いに音楽を続けていくと思うんですけど。それで別々にやったとしても、何かあったらきっと僕は千弘に電話してしまうでしょうし(笑)。このまま最後まで何事もなくいけば、一生の友達のまま終わるので……こうして一生の友達ができたことが、僕の音楽人生の一番の宝物です」

 

■繰り返しの質問になるけど……そんな大事な友達と一緒に作った部屋も、やっぱり出ていかなくちゃいけないんだ?

 

「はい。逆に、千弘がいるからどこへ行っても大丈夫だと思えるんです。これまで千弘と一緒にいた部屋をふたり同時に出れば、広い意味で、ふたりが離れることはないんです。同じバンドでなくなるだけで、これから彼と離れることはない。だから、何かを失うっていう感覚もないんですよ」

 

■皮肉なもので、自分の大事なものを守るための防護シェルターを作ってそこに閉じこもると、結局は孤独になって、より一層仲間や友達の存在を知ってしますよね。そういう過程が凄く生々しく描かれたバンドドキュメンタリーがShout it Outだった気がします。

 

「本当にそういう6年だったなあと思いますね(笑)。それに、ここまで喋っておいてなんなんですけど……きっと青春はなくならないものだっていうこともわかってるんです。青春を歌ってはきましたけど、きっと僕が引き延ばしてきたのはただの10代だったと思うんですよ。青春というレールの上で10代を延長してきただけなので、形が変わったとしても僕は青春のレールの上を歩き続けるんやと思ってます。どんどん他の人と触れ合ったり、ひとりでも歌ってみたり、新しいことにどんどんトライしたいと思えてますね。。そのためにはまず、残された期間でこのバンドを今よりもいい形に持って行かなきゃだめだと思ってます。ここまで一緒に歩いてきたメンバーやスタッフと、まだやれることがある。想像もできなかったようなものを、最後のツアーで作りたい。自分にはその使命と自信があるんですよ。なぜならそれは、僕がShout it Outというバンドを一番愛しているから」